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パルコプロデュース2026公演,森新太郎×吉田羊によるウィリアム・シェイクスピ劇の第三弾。
ワイドスクリーンのシネマスコープ型をさらに横長に引き延ばしたような舞台。開演とともに、幕が徐々に上がっていき、人の腰の高さまでの位置で止まる。
舞台の下手から、杖をついたリチャードが冒頭の悪党宣言の独白を吐きながら、ゆっくりと舞台の中央に向って歩を進めて行く。リチャードが中央の位置に達したところで、幕が全部上がり、独白はなおも続く。そして、上手からロンドン塔の長官ブラッケンベリーほかに警護されたリチャードの兄クラレンスが登場してくる。
リチャードの容姿は、左半身が異形(いけい)で、左足は硬直した状態で斜めに伸ばされたままで、左肩が極端に盛り上がっており、顔はドーランで白く塗られている。が、意外と異形(いぎょう)には感じさせない。
リチャードほか、登場人物の衣装は現代服で、特別な装飾もない。
舞台も通常は何もない空間で、必要に応じて小道具など、簡単な装置が用意される。
舞台は極端なまでに横長で、奥行きがなく、高さは二層式になっていて、通常は下の段から1メートルほどの高さのメイン舞台で演じられ、人物の動きはその横長の舞台の左右を移動するだけに限られている。
出演者は、リチャードを演じる吉田羊は一人一役で、篠井英介もマーガレットを中心に演じ、赤沢遼太郎もほとんどバッキンガム公オンリーの役で、そのほかの出演者は複数の役を演じる。
愛希れいかがアンとラトクリフ、エリザベスを演じる中越典子はリッチモンド他、増子倭文江はエドワード四世とヨーク公爵夫人他、リヴァーズを演じる浅野雅博はブラッケンベリーやイーリーの司教他、清田智彦はケイツビー、ヨークの司教、市民、暗殺者など、渡辺いっけいがスタンリー、クラレンス、ロンドン市長など。そして、皇太子エドワードとヨーク公リチャードは、操り人形で演じられる。
場面転換においては、その場の内容を示す字幕が映し出され、この劇をよく知らない観客への助けとなっている。
舞台が横長で奥行きがないせいか、全体的に平板な感じで立体感に乏しい感じがした。舞台の展開も淡々としていて深みがなく、物足りなく感じたのは、その場面における登場人物の数と省略が多く感じられたせいもある。
リチャードの最後も、舞台下手から登場したリッチモンドが、舞台中央にいるリチャードをピストルで何発も打って殺すという味もそっけもないものだった。
演出は一つの解釈だと思っているので深く立ち入るつもりはないが、リチャードの最後だけでなく、クラレンスの暗殺の場面や、リヴァーズ、ヘイスティングズ卿、バッキンガム公の処刑の場もピストルで射殺という淡白なものだった。
リチャードを国王にという場面も、バッキンガムのチャラチャラした所作、動きも自分には軽薄な感じで、リチャードの擬似祈りの場もうすっぺらで、周囲の人物、ロンドン市長達の演技も全体的に面白みに欠けて思えたのは、自分が旧弊なせいかも知れない。
篠井英介が演じるマーガレットがリチャードたちに呪いの言葉を浴びせる場面も記憶が希薄でしかなく、印象の薄い思いしか残っていない。観終わってみると、すべてが、淡白に通り過ぎてしまった感じであった。
波長の合わない舞台、演出、演技だってある。この舞台がそうだった。他人の評価は知らない。
上演時間は、前半80分、休憩20分、後半80分の3時間であった。
翻訳/松岡和子、演出/森新太郎、美術/伊藤雅子
5月20日(水)13時開演、渋谷・パルコ劇場、チケット:11000円、座席:O列20番
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