2025年髙木登観劇日記
 
   タテヨコ企画第47回公演 『リア婆』             No. 2025-038

 最高に面白かった、と言える劇だった。
 昨日のシェイクスピア・カフェ公演で、主宰者の江戸馨さんから、この劇を観たつかさまりさんが「面白かった」と言っていたというのをうかがい、千穐楽に間に合ってこの劇を観る機会を得ることができてよかった。
 シェイクスピアの『リア王』を現代版に翻案した劇だが、オリジナルと相似性でイコールともいえ、登場人物の関係性にも意外性があり、ちょっとしたミステリアスな面白みも加わって、ドラマの進展に引き込まれていくという構成の面白さがあった。
 82歳のリア婆こと香坂理亜子とその三人の娘、理恵、理沙、理緒の関係性を主筋にして、二つのサブプロットが交錯し、そのサブプロットにミステリアスな謎が仕掛けられている。
 話の始まりは、三人の娘たちの父親の命日の墓参りに、久しぶりに三人の娘たちが揃うことになる。
集まった公演に、彼ら以外に、この劇に登場する全員が何らかの形で関わってきて、それがサブプロットを構成することになる。
 そこで娘たちは、リア婆の恋人を紹介されるが、なんと彼はリア婆よりも30歳も若く、しかも無職という。
 娘たちは当然のことながら母親の財産目当てではないかと疑うが、リア婆は、相続でもめないようにその場で娘たちに財産贈与をする。
その財産贈与にあたってリア婆は三人の娘たちに母親への愛情テストをする。ここらあたりの話はオリジナルと同じ結果をもたらし、未婚の末娘理緒が親子の縁を切られ、財産も与えられない。
 長女の理恵の夫は、自動車販売会社を経営しており、資金繰りにも苦労していたところにこの財産贈与で救われ、団地住まいの次女の理沙の夫はサラリーマンであるが、この財産贈与で我が家を建てることが出来るようになり、持ち慣れぬお金で賭け事やスナック通いを始める。
 末娘の理緒は、リア婆が紹介したスチロール販売店社長に救われる。
 リア婆は、最初に次女の家に居候するが、娘がいない時に知らない人間を家にあげ、その結果息子が試験に失敗したりして、結果、追い出される羽目となる。
 長女は夫の両親と住んでいて、リア婆が理恵の夫の真(マコト)を強引に婿養子にしようとしたことから、夫の両親から総スカンを喰らって出入り禁止の状態で、長女の家には同居することが出来ない。
 とまあ、主筋はオリジナルのプロットに従って展開していく。
 二つの脇筋の一つは、リア婆の恋人、荒川豊の出生の秘密に絡んでいる。彼は、実はリア婆の夫の愛人の子であったが、リア婆がその母親の願いを受け入れず子どもを認知しなかったため、出生届も期日に遅れて無戸籍となってしまい、そのため高校にも進学できず、就職も出来ずに無職のままで過ごしてきた。
リア婆は、荒川の家で認知症になっている彼の母親の面倒をみるが、彼女の年金は彼にだまし取られ、今では食べる物にもこと欠いている。荒川は、墓参りの日に出会った縁で、長女の夫の会社に勤めることができ、車の販売業績もあがって、長女との関係も深まっていく。一方では、次女はサラリーマンの夫の放蕩に愛想をつかして離婚を進めていて、彼女も荒川を憎からず思っている。荒川は、グロースター伯爵の庶子エドマンドに相当する人物として見ることができる。
 今一つのサブプロットは、アルバイト生活の若い青年、中山一郎。彼の父親は長距離トラックの運転手であったが事故で職を失い、アパートの家賃も払えなくなり、路頭に迷うことになり、母親は失踪して行方知らずで、今では全くの一人身となっていて、キッチンカー営業の高木みずきと恋人の仲である。
 墓参りでリア婆の一家が集まった場所の公園に一人の浮浪者がいて、彼女は行き場を失ったリア婆から「神さま」と呼ばれる。その役割から、彼女はリア王の道化に相当する人物に擬せられる。
 リア婆の娘二人を裁く裁判の場で、その浮浪者の女は一郎の姿を見て逃げ出し、一郎がその後を追いかけ、彼女は失踪していた一郎の母親だったことが分かる。
 その後、リア婆は行方知れずとなって半年が過ぎる。
 場面は、再び公園の場で、父親の十三回忌の日。再び、皆が揃って集まる。
 長女の理恵と次女の理沙の仲は険悪となっており、理恵は毒入りのコーヒーを理沙に飲ませる。
 理恵の夫真は、今は自分の会社の社員で業績を伸ばしているリア婆の恋人の荒川に、「親族とは思わない」と告げる。荒川は無戸籍であるため、リア婆との婚姻届けを出していなかったのである。
真は、さらに妻の理恵に荒川との密会の場の証拠写真を突き付ける。
理沙の夫が荒川を包丁で刺し、理沙は姉の理恵を刺し、荒川も反動で包丁が刺さって死んでしまう。そのドタバタ騒ぎに巻き込まれて三女の理緒も死んでしまう。この場面は、劇画調で、漫画チックに、赤い細紐が蜘蛛の糸のように吹き流され、張りめぐらされて壮絶な場となる。
 その一部始終を車椅子のリア婆が冷静な目でじっと見つめていて、最後に、理緒を抱いて泣き崩れ、そのまま死んでしまい、舞台上に残されたのは、理恵の夫真と、理緒の恋人(夫?)沼尾裕史と、一郎の三人だけとなる。
 締めくくりは、理恵の夫、真が『リア王』の最期の台詞を語ることで終る。
 最も年取ったものが最も過酷な時を過ごした」という真の台詞に対し、母親と再会した一郎は、母の面倒を一生見るという言葉に、一抹の救いを感じる。
『リア王』を通して、現代の高齢化社会と福祉問題を垣間見せてくれる秀逸な劇であった。
 筋立ても構成もしっかりしていて、人物造形も納得感のある関係性を持たせたドラマで、オリジナルのドラマの進展を追うようにしてこの劇を楽しんで観ることが出来た。
 出演者と人物設定は、総勢11人で、なぜか一人だけ関西弁で喋る(それがまたぴったしはまっているのだが)リア婆に舘智子、長女の理恵にあさ朝子、その夫、中小企業で自動車販売会社の社長、海老原真に久我真希人、次女の理沙に久行志乃ぶ、その夫サラリーマンの宇賀神哲夫に小川哲也、三女の大学教員、香坂理緒に西澤香夏、その恋人でスチロール販売店社長の沼尾裕史に長尾長幸、リア婆の恋人荒川豊に西山竜一、沼尾の会社のアルバイト店員の中山一郎に須郷翔永、中山一郎の恋人でキッチンカーを営業している高木みずきにミレナ、浮浪者の中年の女にいまい綾乃。
 上演時間は、休憩なしで1時間55分。

 

作・演出/横田修、舞台美術/濱崎賢二(青年座)
9月21日(日)14時開演、シアター風姿花伝、チケット:(シルバー)4000円、全席自由


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