日英語朗読劇 『嫉妬という名のモンスター』
「嫉妬」というタイトルから思い起こすシェイクスピア劇は、『オセロー』や『冬物語』であるが、江戸馨のマエセツは意外な作品を列記する。
「嫉妬」という言葉で思い出すのは、ちくま文庫の松岡和子訳『オセロー』の中野春夫の解説、『「嫉妬」と呼ばれる「怪物」』である。今回のシェイクスピア・カフェのタイトルとまったく同じであるところにまず興味が行く。
中野春夫はその解説の中で、「シェイクスピア劇に登場する'jealousy'とは、基本的には「不信、疑念」を意味し(中略)、シェイクスピア劇の「嫉妬」は「妄想」と言い換えると分かりやすい」と述べている。
『オセロー』のオセローと『冬物語』のレオンティーズの嫉妬は、まさに「脳の疾病」からくる「妄想」でしかないが、江戸馨が「嫉妬」に関連して取りあげた作品に、『ハムレット』や『お気に召すまま』、『テンペスト』などと合わせて本日の上演作品である『リア王』をあげる。
これらの作品に共通して言えるのは、弟が権力にある兄を追放、もしくは殺害する。その根底にある動機は権力に対する「ねたみ」という嫉妬心であると江戸は分析する。
『リア王』については、リアの二人の娘ゴネリルとリーガンとの間における嫉妬、それに副筋の主人公であるグロースター伯爵の二人の息子、エドガーとエドマンドとの間における嫉妬は、父親の愛情と権力志向が絡まって複層した複雑なものである。
そこで江戸馨の『リア王』では、エドガーとエドマンドを女性に仕立て、それぞれエドナとエマとして登場させる。この二人を女性に変えることで、ゴネリルとリーガンのエドマンドを挟んでの両者の嫉妬ではなく、二組の姉妹間における嫉妬がテーマであることを鮮明化させる。
朗読劇に入る前に、彩の国さいたま芸術劇場での公演でナイジェル・ホーソンが演じた『リア王』にまつわる話が語られ、改めて思い出すものがあって興味深かった。
演出の蜷川幸雄はホーソンに対して一切の助言も指示もなく、あったのはホーソンの質問に答えての短いコメントのみであったというイギリスの演出家と俳優との関係の違いや、日本での評判に反してホーソンのリア王が不評であったことなどである。
この作品のキーワードとして江戸馨が取り上げたのが'unnatural'と'unkind'の二つである。
『リア王』には嵐の場面を含めて「自然」に関連した場面やことばが多くあるが、'unnatural'の'natural'は「自然」であり'un'はその反対を示して「自然に反する」、「自然の情に反する」意となり、'unkind'の'kind'も「親切な」という意味でなく「種(類)」を意味することなどの解説がなされた。
江戸馨のマエセツ、解説では啓蒙啓発されることが多く、それを聞くのも多いなる楽しみの一つである。
『リア王』は舞台で上演すればゆうに3時間を超えるが、この朗読劇では解説の時間を含めてわずか1時間という短いものなので、どの部分を上演するかという切り口にも関心がわく。
今回は1幕1場のリア王の国譲りの場面、リア王、グロースター、フランス王を丹下一、ケント伯爵、長女のゴネリル、バーガンディ公をつかさまり、末娘のコーディリア、エマ、次女リーガンを江戸馨が演じ朗読し、エドマンドの独白部分を丹下一、そして2場と3場のグロースターの邸の場面では、エマを江戸馨、グロースターを丹下一、エドナをつかさまりが演じた。江戸馨とつかさまりの実年齢の違いの逆で姉妹を二人が演じた趣向も面白かった。
悪女が似合うつかさまりの七色の声、日英語で演じる江戸馨の美しい英語の響き、そして朗々たる声量で演じる丹下一の朗読劇に、『リア王』のテーマ曲の作曲者である佐藤圭一のリュートの演奏が加わって、心にしみる至福の時間を楽しんだ。
訳・構成・解説・演出/江戸 馨、作曲・演奏/佐藤圭一
4月5日(土)15時開演、下北沢・Reading Caféピカイチ、料金:3000円(1ドリンク付き)
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