2017年1月の喜劇『夏の夜の夢』の公演に始まった「シェイクスピアを愛する愉快な仲間たちの会」(SAYNK)は、これまでに喜劇6作、悲劇5作、ロマンス劇3作、ローマ史劇1作、歴史劇2回(『リチャード三世』を2部構成にして2回にわたって公演、作品数としては1作)を上演してきて、今回18回目を迎え『尺には尺を』に挑戦。
『尺には尺を』は、シェイクスピアの作品の中では「喜劇」に分類されているが、問題の多い作品として通常「問題劇」とも言われている作品である。
シェイクスピアの作品の元々の分類では、喜劇、悲劇、歴史劇の3分類で、主人公らの結婚で終るのが喜劇、主人公の死で終るのが悲劇、歴史劇は英国史劇ということになっているが、その分類では収まり切れないという作品群が、ロマンス劇や問題劇として後の批評家たちに分類されるようになった。
『尺には尺を』も、最後にはアンジェロと元の婚約者マリアナとの結婚、イザベラの兄クローディオと婚約者ジュリエットが正式に結婚、公爵を散々に虚仮にしてからかったルーチオは淫売との結婚を命じられ、公爵ヴィンセンショーがイザベラに求婚することで、形式的には結婚で終る喜劇に属する。
結婚で終ることでハッピーエンドのようであってそうではない理由は、前者3組の結婚が「罰」であり、公爵の求婚にイザベラは答えないままでこの劇は終わっていることにある(このことはちくま文庫『尺には尺を』の訳者松岡和子のあとがきに指摘されていることである)。もっとも僕には、瀬沼達也の演出では、「罰」というより「赦し」に思われるのであるが。
問題と言えばこの劇は最初から問題だらけである。
そもそも公爵はなぜ突然旅に出て、序列からも上である年配のエスカラスではなく、アンジェロを公爵代理としたのか。アンジェロが婚約者のマリアナとの婚約を破棄したのを知っていたのに、である。
最後に一番問題となるのは、イザベラは公爵の求婚を受け入れるのかどうかという問題である。
これには様々な解釈と演出があり、この劇の最後の見どころともなる場面でもある。
自分としては一番肝心な場面の一つが公爵の求婚に対してのイザベラの反応、対応であるが、イザベラを演じた林佳世子の反応と表情には一瞬の驚きとためらいが見えたが、拒絶とも許諾とも取れないもので、結論を何も示さないという点では原作に素直な演出に思われた。
SAYNKの代表でありこの劇の演出者である瀬沼達也は挨拶文の中で、『尺には尺を』は喜劇として割り切れない部分があり上演が難しい作品であるが、上演のために作品研究すればする程、現代劇のように感じるようになり、この劇を「権威や地位に溺れる人間の惨(むご)さと被害者の赦しにより、真の平和・平安」の願いを込めてチェレンジすると述べている。その「赦し」は敬虔なクリスチャンでもある瀬沼達也の一貫した姿勢でもある。
そのように見どころ満載のこの劇を、日英語二か国語による朗読劇でどのように表出してくれるか楽しみにして観劇させてもらった。
この作品が日本での上演が少ないこととなじみが薄いということもあって、出来るだけカットをしないで上演するため2時間あまりの上演時間となることから30分間のプレレクチャーも行わず、また、難しい内容が多いために台詞の比率も英語約30%、日本語訳を約70%にして朗読することを配慮したという。
開演前にこの劇の「香盤表」でキャスティングを確認すると、一人二役をする際、真逆の登場人物を演じる組み合わせになっていることにまず注目した。
謹厳実直の顔をしたアンジェロと女郎屋の番頭ポンペイを瀬沼達也、年配の貴族エスカラスと放埓な男ルーチオを能見学、クローディオと間抜けな巡査エルボーを小松大和、女郎屋の女将オーヴァダンとマリアナ、それに修道女のフランチェスカを関谷啓子が演じる。この対照的な人物を朗読劇でどのように演じてくれるかがまず楽しみであった。そして、その期待に応えてくれるものが十分にあった。
オープニングとカットされた4幕2場から5場までの内容のナレーションとジュリエットの役を、今回SAYNK初登場の劇団AUNの女優佐々木絵里奈が務め、落ち着きのある魅力的な語りで舞台を進行した。
ヒロインのイザベラを演じたのは、客演とは言いながらすでに4回続けて出演している劇団AUNの女優、林佳世子。朗読劇を超えた、瞬発力と迫力ある台詞力と演技力に魅了された。
公爵を演じた友情出演の清水英之の英語と日本語の台詞には優しい響きがあり、心を和ませてくれる力があって、安心感を覚える。
レギュラーメンバーの一人、関谷啓子は、彼女の二役の妙味を楽しみにしていた一人であるが、彼女の台詞は英語を主体にしたものが多く、その英語の台詞力を大いに満喫させてもらった。
今回初めて参加した客演の一人、小松大和君は演劇ユニット・キングスメンの公演で初めて出会った俳優であるが、今後もこのSAYNKにたびたび出演してほしいと願っている。
メンバーの一人である能見学は山手読書会のメンバーでもあり、エスカラスとルーチオの人物像の違いを出すのに工夫をしていたのがよく伺えた。
アンジェロ他を演じた瀬沼達也については、今更述べるまでもなく、彼については英語の台詞を聴くのをいつも楽しみにして聞いている。
最後になったが、監獄長を演じた飯田綾乃は、演技以外に音響・照明の役までこなし、縁の下の力持ちとなっているが、彼女の英語の台詞もいつも聞くのを楽しみしている一人である。
客演を含めて8名の出演。客演層の幅も広がり、今後の活躍がますます楽しみである。
上演時間は、訳2時間。
台本構成・演出/瀬沼達也、音響・照明/飯田綾乃
シェイクスピアを愛する愉快な仲間たちの会(SAYNK)主催/横浜山手読書会共催
11月16日(土)13時30分開演、横浜人形の家「あかいくつ劇場」、入場料無料
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