劇団ちりりん座公演 『リア王、父と娘のカウンセリング』      No. 2024-045
シェイクスピア四大悲劇、診療朗読劇シリーズ No. 3

 この公演については素人の集団なのでたいしたことがないように紹介者に聞いていたので、タイトルに興味を感じながらも期待はさほどしていなかった。しかし見ると聞くとでは大違いで、大いなる感銘を受けた。
 劇の内容とその構成力、そして朗読する出演者の台詞力と表現力にはすばらしいものがあった。
 劇団ちりりん座は、脚本家で小説家の山浦弘靖が2014年4月に、新百合ヶ丘を拠点にシニアパワーを結集してスタートした市民参加型の劇団とあり、その意味では素人集団であるという表現は正しい。
 チラシの「シェイクスピア四大悲劇、診療朗読劇シリーズ No.3」にあるように、このシリーズとしてこれまでに『マクベス夫妻のカウンセリング』と『ハムレット母子のカウンセリング』が上演されており、今回この朗読劇を観て、前作を知らずにいたのが悔やまれた。
 心の病のセラピーに音楽療法などのアートセラピーがあることはよく知られていることだが、この劇は「演劇を応用したドラマセラピーとして、登場人物の心をカウンセリングすることで、心の奥にある影や闇に灯りを当て解き放つというドラマセラピーを意識したリーディング心理劇」(ちりりん座・公演予定のチラシより引用)である。
 ドラマは、下手奥の紗幕の内側でハープを演奏するいのうえみわの"Fais is foul and foul is fair"の声に始まって、「語り」と三人のピエロによって進行されていき、舞台は診療診察室が場面の中心となっている。
 この診療所で診察を受けるのは、匿名の「キング」と呼ばれるリア王と、同じく匿名の「クイーン」と呼ばれるコーディリアの二人である。
 リアはコーディリアを勘当したことから生じる自責の念から、コーディリアは自分の本心を伝えることができなかったことへの後悔の心の病を抱えている。
 カウンセラーがその二人の心の悩みを探っていくことによって、ドラマ『リア王』としての物語が展開していく。
 原作にはないエピソードとして、リアには小間使いの愛人がいて、コーディリアが生まれた時、同時にその愛人にも子供が生まれるが死産で、小間使いもその時亡くなってしまう。そのことが原因して、母親はコーディリアを小間使いの子供と信じるようになり、コーディリアが4歳の時に発狂したまま亡くなってしまう。
 そのことをコーディリアは、二人の姉、ゴネリルとリーガンから繰り返し聞かされて育つ。
 コーディリアがまだ幼い時、ある嵐の夜に、風雨の降りこむ窓辺にリアが立っている父を見て、コーディリアは、父の自殺を恐れて彼女の幼い腕で抱きしめたことがあることが語られる。
 リアの心の闇、悩みを三人のピエロがリアに向って突き付けるが、ピエロの姿はリアには見えて、カウンセラーには見えない、心の声の表象となっている。
 二人のカウンセリングの合間を縫って、「語り」と、ゴネリルやリーガン、そしてケント、エドマンドなどが登場することによって『リア王』の物語が進んでいく。この巧みな構成によって、『リア王』そのものと連動化されていって、興味深く、ぐいぐいと引き込まれていった。
 エドマンドを首魁とする反乱軍と、リア王のブリテン軍とフランス軍の連合軍との戦闘の後、リアとコーディリアが診療室に二人そろって現れ、カウンセラーが戦争の結果を尋ねると、リアは我が軍の勝利と語る。そこで、この物語はハッピーエンドで終るかと思いきや、カウンセラーが次に振り向いた時、二人は影に包まれていなくなっており、実は戦いに敗れて二人は捕虜となり、コーディリアは殺されてしまったことがリアによって語られる。
 「語り」を演じる澤田啓子の落ち着いた語りの口調も素晴らしく、それぞれの役を演じる出演者の台詞の表現力、所作も朗読劇を超えたものがあり、「素人」とは言わせない演技力があった。
 チラシに偽りなく、まさに「アクティブシニアが贈る、シェイクスピア・エンターテインメント!!」であり、後期高齢者やシニア・ミドルレディ、それに若者との混成チームによるパワーとチャレンジで、「朗読劇でありながら、演奏にダンス、笑いと涙感動あふれる華麗な『やまゆり・ステージワールド』」を作り上げていた。
 「人生はシェイクスピアの夢舞台」という言葉を最後に、エピローグで出演者全員が一人一人、舞台への思いを述べて終演となったのも、その思いが伝わって感動的であった。
 出演は、劇団主宰者で80歳半ばを過ぎている(と思う)山浦弘靖が主演のリア王を演じ、カウンセラーには佐々木隆一朗、コーディリアに鳩山幸子、ゴネリルに奥山彭子、リーガンに谷添照美、エドマンドに三井砂奈、ケントに村田好行、三人のピエロに、下村由美子、品田芙季、マッキーが演じ、「語り」の澤田啓子、演奏と歌と三姉妹の母の声に、いのうえみわ。彼女のハープの音色がアートセラピーを彷彿させる。
 上演時間は、途中15分間の休憩を挟んで、2時間15分。

 

企画・脚本・演出/山浦弘靖、ハープ演奏と歌/いのうえみわ
11月9日(土)12時30分開演、麻生市民交流館やまゆり、チケット:2000円、自由席


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