劇団俳優座公演 No. 358 『慟哭のリア』             No. 2024-042

 劇団俳優座創立80周年、俳優座劇場創立70周年記念事業としての今回のこの舞台は、劇団俳優座として最後の俳優座劇場での公演となるということの感慨の方が先に走ってしまう。その最後となる公演は、劇団代表の岩崎加根子の主演をはじめ、阿部百合子、片山真由美などの最古参組と、川口啓史、森一などの古参組、そして中堅組の水木和加子や斉藤淳など、さらには入団5年以内の若手を含め、総勢20名からなる舞台となっている。
 明治時代の筑豊の炭鉱を背景にして、女手一つで炭鉱の山主として財を築いた室重セイ(岩崎加根子)が3人の息子たちに財産分与をするが、息子たちにヤマを切り盛りしていくだけの器量がないということで、セイは炭鉱を軍部に譲り渡し、気立ての弱い長男龍之輔(斉藤淳)には農場、次男正之輔(田中孝宗)には養豚場を与え、東京帰りの三男文之輔(野々山貴之)は環境被害を止めるため採掘をやめるように言ったため、セイの怒りを買って勘当されてしまう。
 長男の龍之輔はリア王の長女の婿オールバニー公爵の性格を彷彿させ、その妻彩華(瑞木和加子)は心根の優しい賢婦人、次男の正之輔はコーンウォール公爵に、その妻頼子(荒木真有美)はリーガンに類比され、三男はコーディリアに比せられている。
原作ではグロースター伯爵の庶子エドマンドとなっている役は、ここでは亡くなった室重の隠し子善治(渡辺聡)の流れ者として現れ、その正体は周囲の者には誰も知られておらず、最後の最後になって、龍之輔によって善治の顔が亡くなった父親の顔と似ていることからはじめてその正体が知られる。
 長男の龍之輔はその性格から農場を引き継ぐことを妻とともに満足しているが、母親を見返す気も手伝ってひそかにヤマの鉱脈を探っていて良質の無煙炭の鉱脈を発見したことから、ヤマの経営にも野心を抱き、母親のセイを座敷牢に閉じ込め、性格も豹変する。次男とその妻は初めから不満を抱いており、その財産分与の場の一部始終を陰から聞いていた善治が悪計を図り、兄弟の仲を反目させる。
 グロースター伯爵役は使用人の与平(森一)に変えられ、セイを座敷牢から逃がして一緒に放浪する。
 話の骨格は原作の『リア王』を踏襲しているがその違いの一番の特徴としては、炭鉱の犠牲者たちを乞食・影として登場させ、彼らにコロスとしての役を負わせているところや、ヤマの周囲の人物たちを炭鉱の納屋頭として登場させている点であった。
 次男は善治の入れ知恵で炭鉱の権利書を盗みだそうとしたところを見つかり、納屋頭たちに傷を負わされ、無煙炭の出る第二坑内で炭塵爆発が発生し、その爆風で死んでしまう。
 与平はセイの居場所を隠したために納屋頭によって両目をつぶされ、三男の文之輔は母親のセイをかばって善治から切り殺される。
 龍之輔は炭塵爆発で被害者の救済費用などで破産してしまい、妻を離縁して自分は大量の睡眠薬などを飲んで最後は母親に抱かれて死んでしまう。
 シェイクスピアの翻案劇を見るときはついついやってしまうのだが、原作との違いを追い続けることでそちらに注意が集中して、劇の感動そのものが薄れてしまうことがままあり、今回も同じであった。
 最後は、亡くなった3人の息子を抱いて、無言の慟哭にむせぶセイ、セイの慟哭が深まっていくとともに、場面がフェードアウトしていき、最後には暗黒の闇となって幕となる。
 シェイクスピア自身が、種本を元にしていろいろな作品を作り上げていたことを思えば、翻案劇大いに結構、それが原作をどれだけ超えたものになっているかが見どころであり、面白さとも言える。
 役どころとして注目したのは、長男龍之輔を演じた斉藤淳、使用人与平を演じた森一、善治役の渡辺聡などの演技。それに正之輔の妻頼子を演じた荒木真由美も原作のリーガンと重なって感じる演技であった。
 上演時間は、途中休憩15分を挟んで、2時間30分。

 

翻訳/松岡和子、翻案・上演台本・演出/東憲司、美術/竹邊奈津子
11月6日(水)14時開演、俳優座劇場、チケット:4500円
座席:5列11番(前から3列目で中央の席)、パンフレット:500円


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