言葉遣いをはじめとして話の内容も改作されてコンパクトにまとめられており、この劇を全く知らない人にとっても分かりやすい劇となっていたと思う一方、原作を知っている者にとっては、オリジナルとの違いを発見していくという楽しみがあった。
開場時間となって会場に入ると真っ先に目に入るのは、緑のツタのからまった真っ白なアーチが横に広がる回廊と、舞台中央に置かれたキューピッドが矢を構えた白亜の像の舞台装置と、背景に照らし出された薄紫に近いピンクの照明がこの劇の雰囲気を事前に醸し出していることであった。
開演とともに、舞台下手端のヒーローの部屋の前のバルコニーで、吟遊詩人のバルサザールの歌で始まり、この劇の主人公たちが登場して、バルサザールが歌で彼らを紹介する。
開演とともに舞台中央に置かれていたキューピッドの像は取り除かれており、この像は舞台進行の要所でたびたび持ち出されてくる。
出演者が多くないので登場人物が限られており、その事も手伝ってこの劇をコンパクトにせざるを得なかったのかも知れない。
ナポリの公爵として登場するドン・ペドロの弟ドン・ジョンが、フローレンスの若き騎士クローディオを憎むのは、彼の反乱をクローディオによって抑えられたことが台詞として語られるので、話の展開の中で彼がクローディオに復讐するための企みを抱く原因がよく分かる。
その企みとはシチリアの知事の娘ヒーローとクローディオの結婚を邪魔することであるが、それを情況的に可視化する。
クローディオが夜中にヒーローの部屋の前のバルコニーで彼女に薔薇の花を捧げるという原作にはないシーンを入れ、それを見ていたドン・ジョンが計画を思いつき、部下のボラチオに命じて、深夜、ヒーローの部屋の前で偽のヒーローとのラブシーンを演じさせる。
ボラチオは自分に好意を持っているヒーローのメイドのマーガレットに芝居をすることを持ちかけ、マーガレットも「芝居、大好き」と言ってその計画に乗る。
この偽のラブシーンの場面は、原作では台詞で語られるだけであるが、演出によっては可視化して演じられることがよくある場面でもある。
その様子を見たクローディオは結婚式の当日、ヒーローとの結婚を拒否し、ヒーローはその場で失神し、失神したヒーローを修道士の計らいで死んだことにされる。
この演出では、夜番やヴァージス、ドグベリーなど一連の喜劇的人物の登場がないので、ドン・ジョンの悪だくみを知って白状するのはマーガレットの役目に変えられている。
真相を知らされたドン・ペドロとクローディオは、ヒーローの死体が置かれた祭壇で礼拝する。
彼らが改悛の気持を現したのを見て、ヒーローは起き上がり、二人はめでたく結ばれることになる。この設定も原作とは大いに異なる。
この時同時に、ドン・ペドロの計画で反目し合っていたヒーローの姪のビアトリスとローマの若き騎士ベネディックも同時に結ばれることになる。
この二人のいきさつを示す庭園の場面もしっかり組み込まれていて、ベネディックが登場する場面とビアトリスが登場する場面では、キューピッドの像の向きを変えるという細かい演出がなされていたのも注目した一つであった。
めでたく二組のカップルができたところに、ボラチオが逃亡していたドン・ジョンを捕えて皆の前に引き出す。
兄のドン・ペドロは弟を許し上で、舞台中央に進み出て'Much ado about nothing!'と声高く言うと、出演者全員もそれに続いて声を合わせて'Much ado about nothing!'と唱和してめでたく幕となる。
終わりの場面でドン・ジョンが許されることによってすべて円満な終わり方となって、後味の悪さもなく、すがすがしい気持ちで観終えることが出来た。
出演者は現役の学生10名と卒業生の応援参加2名で、ドン・ペドロに下村夏穂(1年)、ドン・ジョンに二葉義友(2年)、クローディオに宮本琉永(1年)、ベネディックに藤原優太(3年)、レオナートに三浦優太(4年)、ヒーローに石川理彩(2年)、ビアトリスに土田明日香(4年)、ボラチオに濱あかり(2年)、マーガレットに佐渡本優羽(1年)、アースラに渡邊真央(1年)、卒業生の森川嘉之がフランシス修道士、同じく卒業生の和智太誠が吟遊詩人のバルサザールを演じた。
演出補や舞台監督、小道具係、衣装係、メイクなどのスタッフもすべて出演者の学生がこなしているのも素晴らしいと思った。登場人物の衣裳も、見ていて楽しめるものでよくできていたと思った。
そして何より、出演者が楽しそうに演じているのが一番であった。
上演時間は、約1時間。
脚色/ギャビン・バントック、演出/マーウィン・トリキアン、演出補/土田明日香
11月2日(土)17時開演、麗澤大学大学院・生涯教育プラザ・プラザホール、無料
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