「マエセツ」としての解説を、江戸馨御自身が観られた過去の上演の感想などを含め魅力たっぷりに語ってくれ、その作品の世界へと誘ってくれるのが楽しく、いつもワクワクした気分で聞かせてもらっている。
今回もアルパチーノ主演の映画や、ローレンス・オリヴィエなどの上演などを通して、『ヴェニスの商人』がどのように演じられてきたかを事細かに説明され、特にエンディングの演出などによってこの作品のイメージがガラリと変わってくることなど、自分もいろいろな舞台を観てきただけに興味深く聴かせてもらった。
また、江戸馨が主宰する東京シェイクスピア・カンパニー(TSC)が、2014年1月に『ヴェニスの商人』と<鏡の向こうのシェイクスピア・シリーズ>の一つである『ポーシャの庭』を一挙上演された話もされ、自分としても懐かしく思い出された。
エンディングも近年の演出の興味の一つであるが、一番の興味は、シャイロックがどのように扱われ、どのように演じられるかであろう。この問題は、シェイクスピアの時代におけるユダヤ人の問題(この時代、イギリスには表向きユダヤ人はいないことになっていた)と現代では様相が異なるので一概には論じられないが、個人的にはシェイクスピアと同時代人であり、演劇人としてはシェイクスピアの先輩であるマーローの『マルタ島のユダヤ人』と比較してみると面白いと思って聞いた。
マルタ島のユダヤ人バラバスは、実の娘ですら殺してしまう「悪の権化」としか言いようのない人物で、シェイクスピアのシャイロックのような人間味を感じさせない人物であり、シャイロックとは異なり、バラバスは高利貸しであるだけでなく交易でも稼いでいるので、アントニーと同じく「商人」でもある点も異なっている。
江戸馨のシャイロックに対する解説が、それほどに想像を飛躍させてしまうほど興味深い内容であった。
江戸馨の解説について書いていると、自分の感想の記録が自分の「マエセツ」として長くなってしまった。
今回の『ヴェニスの商人』の朗読劇は5場に分けられ、出演者が場面ごとに登場人物を入れ替わって朗読することもあるだけでなく、一つの場で一人何役もすることで、その声色の変化を味わうことができ、十二分にそのことの面白さをも堪能させてもらった。
1場は、「金と友情」と題し、バッサーニオがアントーニオにお金を借りる場、2場は「金貸しシャイロック」で、そのふたりがシャイロックからお金を借りる場、3場は「悲劇の波」と題して、ジェシカが父親のシャイロックからお金を全部奪ってロレンゾーと駆け落ちしたのを歎くシャイロックと、アントーニオの持ち船が難破したという悲報が語られる。4場は、気分を転じて「箱選び」の場で、バッサーニオが無事ポーシャを射止める。この場面では、マストメが歌う声の魅力に思わず引き込まれた。そして、最後の5場が、今回のハイライトとも言える「裁判」の場。
それぞれの場面で、出演者の台詞の発声の魅力と共に、一部の台詞が江戸馨とマストメによって語られる英語の美しい響きにも魅せられて聴き入った。
構成的にも聞きどころたっぷりで申し分なかったが、時間の制約上やむを得ないものの、出演者4人の台詞を聴いていると、今回省かれている5幕の冒頭場面であるロレンゾーとジェシカの二人の詩のように美しい対話を4人が交互に語り、一部を江戸馨とマストメが英語を交えて語るのを是非聴いてみたかった。
出演は、江戸馨、つかさまり、マストメ、そしておなじみの客演丹下一の4人と、劇中の笛の演奏を奥泉光。
上演時間は、1時間20分。
訳・構成、解説・演出/江戸 馨、笛演奏・作曲/奥泉 光
10月19日(土)15時開演、神保町・ブックカフェ花月舎、
料金:2500円+ドリンク代500円
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