新地球座創設以来のメンバーで顧問でもある久野壱弘が、10月に家族の住んでいる沖縄に移住するということで、今回が荒井良雄沙翁劇場最後の舞台となるため、いつもより長い1時間半の特別公演。
演目は、久野壱弘の要望で『ヴェニスの商人』。
この演目が選ばれた理由は、終演後の久野の挨拶で明らかにされた。
今年70歳となった久野が中学生の時、15歳で近代座に入り、当時中学生の久野が、中学校での近代座の学校公演で初めて台詞を貰って舞台に立ったのがこの『ヴェニスの商人』で、人肉裁判の場でベラーリオーからの書面を読む書記役であったという。今回の台本構成ではその台詞はカットされているが、今でもその台詞を覚えていると言って、終演後の挨拶の中でその台詞を朗々と暗唱して拍手喝采を浴びた。
今回の台本構成に当たっては、初めて久野から具体的な要望が寄せられ、「箱選び」「人肉裁判」「指輪騒動」の3つの場面と、上演時間も通常の1時間以内から1時間半を希望された。
その意向を受け、久野の最後の舞台となるので、登場人物の数もいつもより増やし、多くの友情出演者の出番を考慮して台本構成をした。
いくつかの場面では、立見席も満席の観客席の中から笑い声が何度も聞こえてくるほど好意的な反響であった。
朗読劇とは言いながら、一人二役、三役を勤める出演者の登場人物に合わせての衣装合わせとその早変わりで、耳だけでなく目をも楽しませてくれた。
なかでも、この演目を選んだだけでなく場面をも指定してきた久野は、シャイロックとアラゴンの君とロレンゾーの三役で、それぞれの役を、衣装の早変わりと鬘を変えての大奮闘で、台詞力で耳を魅了してくれただけでなく、目をも楽しませてくれた。
自分が特に注目したのは、時間の関係もあってカットしていた5幕1場の冒頭場面、ベルモントのポーシャ邸への小径での会話、ロレンゾーの「ああ、いい月だ。ちょうどこんな晩であったらう」で始まるヂェシカとの愛の語らいの場の台詞を加え、ジェシカを演じる倉橋秀美との二人の会話をじっくり語って聞かせ、最後の場面へ和やかな雰囲気で誘い込んでいったことであった。この台詞を加えたことで、久野の要望の一つがここにもあったことを気付かされた。
その他の出演者は、台本からは省いていた「実際、何故かう気がふさぐのか、分からない」という冒頭の台詞を加えてのアントーニオー役と、頭から上半身を布で覆って変装して箱選びの一人モロッコの君を奮闘して演じた高橋正彦、溌溂とした青年、アントーニオーの親友バッサーニオーを菊池真之(いつ聞いてもその台詞の発声に耳を魅了される)、瑞々しい若さの可愛らしさと、ちょっと人をおちょくるようなポーシャを森秋子が年齢を感じさせない若々しさで演じ、倉橋秀美はヂェシカとネリッサの役を衣装と奇抜な鬘型の変化で両者の声色を巧みに演じ分け、グラシャーノーと家来役を元気溌剌に西村正嗣、サラーニオー、サレリーオー、公爵、家来など多くの役をうまく演じ分けた臺史子、そして大河原嵩子のピアノ演奏が、劇の進展にアクセントをつけ、場面転換を効果的に表現したのも印象的であった。
久野壱弘の最後となるのが惜しまれる舞台であった。
久野さん、新地球座での10年間にわたる活躍、楽しませていただきました。感謝!感謝!!
翻訳/坪内逍遥、監修/荒井良雄、台本構成/髙木 登、
演出/高橋正彦、ピアノ演奏/大河原嵩子
9月25日(水)18時30分開演、名曲喫茶ヴィオロン
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