『ヘンリー八世』は日本ではほとんどなじみがないだけでなく、日本人にとっては面白みに欠ける劇だろう。
台本構成者の立場からは、1時間以内の上演時間でこの劇の全体像を理解してもらうためにどれだけの登場人物で、どれだけの場面やどの場面を選び出せばよいか、この劇の中心となる山場がないだけに苦労させられた。それをこの日観劇されたほとんどの方が面白いと言って楽しんでくれたのは、ひとえにこの朗読劇を演じてくれた出演者8人の方々の台詞力の魅力のおかげであったと思う。
開幕のプロローグは、説明役の登場から始まる。その説明役を北村青子が朗々と、しかも面白さとおかしさをこめて口上を述べ、冒頭から観客の意表をついてこの劇へと引き込んでいったのは見事であった。それに加えて、本編の幕割りの場面説明の口上も、一種異形なる声色で呼びあげたのも注意を惹きつけた。開幕のプロローグは台本にも入れていたが、エピローグの「閉場詞」の台詞は実は台本に入れていなかったのだが、この台詞も北村青子が語って最後をきっちりと締めたのも非常に良かった(台本作成の段階では普通、出演者も出演者の数も知らされていないので、最低3人でも演じられるように台本構成している)。
今回8人の出演者で、しかも女性が半分の4名ということもあって、2幕1場の「ウェストミンスターの街上、二人の紳士の噂話」の場面では、紳士甲、乙ではなく、淑女甲、乙として沢柳迪子と北村青子の二人が演じ、キャサリン妃の離婚問題の噂話を、フェイクやファクトなどの今どきの言葉を取り入れてSNSの現代の時代に同調させたのは、演出の妙味として感歎した。沢柳迪子は他にアンのお付きの老女役をも演じたが、この演出にぴったりのはまり役であった。
劇の中心となる山場に乏しい中でも劇中最も見どころとなる一つが、キャサリン妃とウルジー卿との対立であるが、二人を演じた倉橋秀美と高橋正彦も非常に良かった。なかでも、倉橋秀美のキャサリンは風格と威厳に加えて哀調もあり、いつもながら感心するのは目の表情の演技力。そして、この劇のタイトルロールであるヘンリー八世は久野壱弘が堂々と演じて、場を引き締めた。
菊地真之は今回三役で、内大臣、教政キャムペーヤス、それにクランマーを演じたが、それぞれ声色を変化させて演じたのも見どころ(聴きどころ)の一つであった。
アン・ブリンを演じた石井麻衣子は男役のクロムエルも演じ、新地球座の常連出演者となってきた西村正嗣は侍者、ノーフォーク公爵、大使キャピューシヤスの三役を演じた。
新地球座は今年で10周年を迎え、且つ今回の『ヘンリー八世』をもって坪内逍遥訳シェイクスピア劇のすべての上演を終え、次回からは初心に帰って少人数での上演となることを、締めくくりの挨拶で新地球座顧問の久野壱弘から挨拶があった。
観客の方で感想として語ってくれた中で、台本の面白さを褒めてくれる方もあり、苦労しただけに喜びもひとしおであるが、面白く、楽しんでいただけたのは、これもひとえに出演者と演出者のおかげであり、感謝してやまない。
翻訳/坪内逍遥、監修/荒井良雄、台本構成/高木 登、演出/高橋正彦
3月27日(水)18時30分開演、
阿佐ヶ谷・名曲喫茶ヴィオロン、料金:1000円(ドリンク付き)
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