パルコプロデュース公演
   ショーン・ホームズ演出×段田安則の『リア王』
              No. 2024-011

 一口で言えば、刺激的な舞台であった。
 客電が落ち、真っ暗な状態から幕が開くと、そこに表出されたのは、真っ白な、何もない舞台。舞台上にあるのは、プロジェクター、浄水器、複写機と、簡素な事務所風景。
 簡素なパイプ椅子に座った人物が数名、広い舞台に、左右に分かれて座っている。
 グロスターが横に座っている庶子のエドマンドと嫡子のエドガーについてケントに語りかける所から始まる。
 続いてリア王が三人の娘と共に舞台上手から登場してくる。
 リアは紺のスーツ姿で手に杖を持つ。杖を持ってはいるが、さっそうとした歩き方である。
 三人の娘たちは、全員、ピンクの帽子にピンクのスーツ姿。
 この劇の登場人物は、騎士や兵士以外、オズワルドを除いてすべて現代のスーツ姿である。
 王座の椅子は、両肘掛けのあるキャスター付き事務椅子。
 プロジェクターで映し出されたイングランドの地図。リアの国譲りの場では、ゴネリルは舞台前面に出て来て、リアへの愛を観客席に向って語り、リーガンは椅子に座っているリアの膝にのって、リアへの愛を語る。
 台詞はモノトーンで、感情移入を排除した無機質的で、対話の温みを感じさせない。
場面の移行は、次の場の登場人物が前の場面から重複して登場してきて、場面の切れ目をなくしている。
 場所の移行は、背面のホリゾントに、その館の人物名が英語で殴り書きされ、家の絵が漫画チックに描かれて示される。
 嵐の場面では、白い壁面のホリゾントが引き上げられ、背後に薄暗い舞台が広がり、以後は全体が暗い舞台となる。上手側の奥には、葉をまばらにつけた一本の木。あとは荒涼とした殺風景な風景。リアは以前のままスーツ姿。嵐に向っての激高したリアの叫びはなく、呟くような台詞。舞台では、ピンクのスーツのリーガンが胎児のように丸まって静止した状態でうずくまっていたり、ゆっくりと歩いていたりして、モノトーンの風景画を感じさせた。
 道化は黄色い長靴を履いて、手には蝙蝠傘を持っている。リアたちが去った後、折りたたんだ蝙蝠傘をおいて、一人寂しく静かに、無言のまま舞台上手後方へと消えて行く。
 ドーヴァーでの狂気のリアは、花冠の代りに紙袋の王冠を被っている。
 エドガーとエドマンドの決闘は剣ではなく、ピストルでの決闘。
 リアは、絞め殺されたコーディリアを抱くこともなく、一人で現れ、「咆えろ、咆えろ」の声も、聞こえるか聞こえない程の低い声で感情は抑えられている。ここでも登場人物に対する感情移入は排除されている。
 リアをはじめとして、ゴネリル、リーガン、コーディリア、グロスター、エドマンドなどの死者たちは、舞台後方に並ぶ。そうして、真っ白な壁面のホリゾントが降りて来て、舞台全体は最初の真っ白な舞台となり、死者たちはそのまま奥の舞台に消え、ケントとオールバニー公爵、そしてエドガーの三人のみが残る。
 エドガーは顔をうずめてうずくまっており、「この悲しい時代の重荷は、我々が背負っていかねばならない」以下の最後の台詞はオールバニー公爵によって語られる。そして一瞬、重苦しい沈黙となり、突然、暗転。
 時間にすればそれほど長くはないと思うが、暗黒の世界が永遠に続くような重苦しい沈黙がしばらく続いて、幕が上がり、カーテンコールとなる。
 すべてがストイックなまでに抑制された舞台という印象で、登場人物は没個性的な印象が残るのみであった。それは、2階席の3列目という舞台から遠く離れている席で、登場人物の表情などが全く見えないことからも起因しているかも知れない。
 出演は、リア王に段田安則、ケント伯爵に高橋克実、グロスター伯爵に浅野和之、道化に60歳になる吉本興業の平田敦子。リアの三人の娘、コーディリアに上白石萌歌、ゴネリルに江口のりこ、リーガンに田畑智子、エドマンドに玉置玲央、エドガーに小池徹平、オールバニー公爵に盛隆二、コーンウォール公爵に入野自由、他。
 上演時間は、途中20分間の休憩を挟んで、3時間。

 

翻訳/松岡和子、演出/ショーン・ホームズ、美術・衣装/ポール・ウィルス
3月17日(日)13時開演、東京芸術劇場・プレイハウス、
チケット:11000円、座席:2階C列21番


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