2023年観劇日記
 
   新国立劇場 シェイクスピア、ダークコメディ交互上演 
   『終わりよければすべてよし』 ―ベッドトリック、その2―   
   No. 2023-028

 『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』のダークコメディ交互上演に共通した興味の最大の一つは、結末の結婚にある。
 鵜山仁演出の『尺には尺を』では、イザベラは公爵に引きずられるようにして結婚を受け入れる結末となった。
 『終わりよければすべてよし』では、劇の前半部でこの劇の主人公の一人バートラムが王の命令で無理矢理にヒロインのヘレンと結婚させられ、床入りもせずにイタリアの戦場へと逃避し、結末で再びヘレンと結ばれることになるのだが、このときのバートラムがヘレンを受け入れる態度、表情が見どころだと思うが、この舞台ではバートラム演じる浦井健治がいとも簡単に受け入れてしまい、余りの急激な態度豹変にその瞬間の彼の表情をうまくとらえられないほどであった。
 この結末から見る限り、曖昧さを残すとはいえ両作はハッピーエンドのように見える。そう、「のように見える」である。
 この両作品の自分としての最大の見どころにしていたためにいきなり結論的な事から筆を起したが、ダークコメディ交互上演としての見どころはもっと別な所にも多々あった。
 両作品の出演者が登場人物の役柄を変えての交互出演の、その対照性の面白さの興味である。
 『尺には』でヒロインのイザベラを演じたソニンが『終わりよければ』ではダイアナを、『尺には』でマリアナを演じた中嶋朋子が『終わりよければ』ではヒロインのヘレナを演じる。この両者はベッドトリックの当事者で、ベッドトリックの場では、『尺には』はベッドで表象、『終わりよければ』ではバートラムとヘレンの二人を舞台奥に登場させるだけで表出する。
 対照の際立った役では、『尺には』で女郎屋の女将オーヴァーダンを演じた那須佐代子が『終わり』では真逆とも言える役のルシヨン伯爵夫人を演じた。
 そのほかにも役柄の変化の面白さは多々あるが、『終わり』では影の主役ともされているペーローレスより、立川三貴が演じるラフュー卿がその道化回し的演技で際立って見えた。
 ついでながら、他の『終わりよければ』の主な出演者の役柄は―( )内は、『尺には』での役―、フランス王に岡本健一(アンジェロ)、バートラムに浦井健治(クローディオ)、ペーローレスに亀田佳明(フロス/アブホーソン)、ラフュー卿に立川三貴(典獄)、道化のラヴァッチに吉村直(貴族1/バーナダイン)などが目立ったところ。
 ヒロインのヘレナがペーローレスと交わす処女性に関する会話などは、後のバートラムに対するベッドトリックなどと合わせ考えると、『尺には』のイザベラが自分の操の危険を避けるためのベッドトリックであったのに対して、ヘレナの場合はバートラムを自分のものにするための積極的行為で、彼女のしたたかさを感じさせる。
 ヘレナが死んだという噂がどのようにして流されたのかは一切語られないが、これなども彼女の深淵なる策略と考えれば、一層彼女のしたたかさというものが伺えることになる。
この劇でヘレナを演じた中嶋朋子の演技はむしろそのような気持を抱かせるものがあった。
 最初に述べた結婚問題であるが、これはタイトルとなっている「終わりよければすべてよし」と深くかかわってくる。この台詞は、最初、ヘレナがダイアナとその母親の未亡人を前にして4幕4場の終わりに、「終わりよければすべてよし、終りこそつねに王冠です」と語られ、次には同じくヘレナによって5幕1場で同じく未亡人に対して「終わりよければすべてよしです」と語られる。
 問題は、フランス王の最後に語られる台詞、「終わりがこのようにめでたく収まればすべてよしだ、苦い過去は過ぎ去り、甘い未来を喜び迎えるのみだ」(小田島雄志訳)である。
 このフランス王の最後の台詞については松岡和子の訳では、「終わりがこうもめでたければ、すべてよしらしい、苦い出来事が過ぎ去れば、甘い訪れが待ち遠しい」となっており、この個所の原文は、'All yet seems well, and if it end so meet,/ The bitter past, more welcome is the sweet'となっていて、「すべてよいらしい」で、ヘレナの台詞のように断定されておらず、「(そのように)見える」となっている。
 バートラムがヘレナを受け入れる態度が非常にあいまいなままに終わる演出もよくあることから、今回の鵜山仁の演出、バートラムを演じる浦井健治の演技がどのようになされるかにくに注目して見たのだが、結果は冒頭に記した通りである。これは小田島訳を用いた必然の結果とも言える。
 フランス王のこの最後の台詞でこの劇は幕となるのだが、フランス王を演じた岡本健一はこの台詞に引き続いて、王冠を脱いで傍に置き、「エピローグ」の台詞をそのまま語り、「芝居が終わりましたいま、王も乞食となりはてます・・・それで終わりよしとなり」と続けたものだから、そこで観客から拍手がわいたことも特筆される出来事だった。
 上演時間は、途中20分間の休憩を入れて、3時間10分。


翻訳/小田島雄志、演出/鵜山 仁、美術/乗峯雅寛、照明/服部 基、衣装/前田文子
10月24日(火)13時開演、新国立劇場・中劇場、チケット:(通し券・シニア)7505円、
座席:1階14列48番


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