2023年観劇日記
 
   新国立劇場 シェイクスピア、ダークコメディ交互上演 
       『尺には尺を』 ―ベッドトリック、その1―    
   No. 2023-027

 新国立劇場では、鵜山仁演出によって2009年の『ヘンリー三世』三部作からシェイクスピア英国史劇の上演が始まり、2012年にその続編とも言うべき『リチャード三世』、2016年には時代は遡って『ヘンリー四世』二部作、2018年に『ヘンリー五世』、そして2020年には時代はさらに遡って薔薇戦争の発端ともなる『リチャード二世』が上演されてきた。
 そしてこのたび、『終わりよければすべてよし』と『尺には尺を』がシェイクスピア・ダークコメディ交互上演として公演されることになった。その出演者は英国史劇に出演した俳優たちでしめられており、演出の鵜山仁はこの出演者たちのチームを「折りに触れて共有しつつ発展し、解散し、また集まれるプロジェクト」として、「なまじっか劇団」と呼んでいる。
 英国史劇の『ヘンリー六世』三部作、『ヘンリー四世』二部作などと同じく、今回も2作品を日替わりに交互上演ということで、演出家も出演する俳優たちも大変であるが、観客としてはそれぞれの作品での役柄を変わっての演技を楽しむことができるという面白さが加わってくる。
 今回の2作品同時上演は、キャッチコピーにもあるように、問題劇とされている「ダークコメディ」であるということと、劇中のベッドトリックが共通項となっている。
 ベッドトリックの場面は舞台上では一切ないのだが、この舞台ではイザベルとマリアナ、修道士に変装した公爵との間でこの策略の会話が交わされた後、舞台後方に、純白に輝くダブルベッドが置かれているのをスポットライトで強調して浮かび上がらせたのが印象的であった。
 『尺には』で問題にされるのが、最後の場面で公爵の求愛をイザベラが受けるのかどうかの演出とその演技で、そこがまた一番の見どころとなっていると言っても差し支えないであろう。
 鵜山仁の演出では、公爵がすべての決着をつけた後、イザベラの手を取って舞台後方へと下がっていき、イザベラはどうしていいか分からないといった表情で何度も後ろを振り向きながら、公爵に引きずられるようにしてついていくところで暗転する。
 この劇の結末は、四組のカップルが結ばれるのだが、どのカップルもハッピーとはいえない微妙なものである。
 公爵代理を務めたアンジェロは、かつて婚約を破棄したマリアンヌと結婚させられ、放埓な男ルーシオは彼が子供を産ませた娼婦と無理矢理に結婚させられる。この劇の発端ともなった、アンジェロによって死刑を宣告されたクローディオはジュリエットと正式に結婚させられるのが、唯一ハッピーエンドと言えるかも知れない。イザベラは、修道尼になるはずであったのに公爵と結婚することになるが、その彼女の気持はこの舞台でも「?」のまま終わる。
 気の進まない結婚は、次回観る予定にしている交互公演の『終わりよければ』もまったく同じであり、このシリーズを観る楽しみな期待の一つともなっている。
 新国立劇場中劇場は、舞台としてはシェイクスピア劇上演の舞台というよりオペラの舞台を感じさせるのだが、乗峯雅寛がその広大な舞台を効果的に視覚化させ、舞台前方の観客席近くの両サイドに本水を使った小さな池をしつらえ、その両脇には草むらの舞台装置。屋内を示すときには上から建物の内部を表出する大掛かりな装置が降りてくる。服部基の照明が舞台の変化を照明で効果的にアクセントをつける。
 修道尼になる前のイザベラは純白の修道女服、修道尼のフランシスカは黒の修道尼服の二人のコントラスト、放埓男のルーシオは道化的なパッチワークのような派手な衣装など、前田文子の衣装も見どころの一つであった。
 出演は、公爵に木下浩之、アンジェロに岡本健一、エスカラスに下総源太郎、クローディオに浦井健治、ルーシオに宮津侑生、イザベラにソニン、マリアナに中嶋朋子。紳士1やバーナダインを演じる吉村直、典獄の立川三貴、ポンピーの小長谷勝彦、オーヴァーダンの那須佐代子などの脇役が生き生きとしていて観ていて楽しい。
 上演時間は、途中20分の休憩をはさんで、2時間55分。


翻訳/小田島雄志、演出/鵜山 仁、美術/乗峯雅寛、照明/服部 基、衣装/前田文子
10月21日(土)13時開演、新国立劇場・中劇場、チケット:(通し券・シニア)7505円
座席:1階19列53番、プログラム:1500円


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