奥泉光の、「ダンテ×シェイクスピア×奥泉ワールド」、地獄シェイクスピア三部作、『メフィストフェレスの定理』の一つ『リヤの三人娘』が、今井耕二が主宰する「占子の兎」によってその30回目の公演を記念して阿佐ヶ谷ワークショップで上演された。
この作品はこれまで江戸馨が主宰する東京シェイクスピア・カンパニー(TSC)によって上演されてきており、TSC以外の劇団によって公演されるのを観るのは今回が初めてであった。それで先入観を避ける為に、これまで観てきたTSC公演の観劇日記を見ずに、頭の中を白紙の状態にして観劇した。
その第一印象としては、阿佐ヶ谷ワークショップという日常的な空間を、非日常的な演劇空間に見事に仕立て上げた舞台装置(美術)にあった。狭い入り口からその劇場空間に入っていくと、そこには地獄のイメージが凝縮されたダンテの『神曲』のワールドが開けていて、まずそこでこの劇の世界に没入させられた。
次に感じたのは、これまで何度か観てきたTSC公演との違いである。というより、イメージだけが残っていて、そのイメージがまったく違って感じられたために、冒頭の場面をTSCとはまったく異なって感じた。
TSC公演で残っているイメージは、真っ暗な闇の中でゴネリルとリーガンが釘を拾い集めている場面が強烈であったのでその場面が始めと思って見たので、占子の兎では、開演と共にゴネリルとリーガンの闇の中からの声のみで始まり、舞台は、まず道化の登場から始まる。終演後に舞台の印象を、出演者のしみず由紀さんに話したところ、原作に忠実に上演しているということで、改めて原作を確認するとその通りであった。そのことだけを取って見ても自分の記憶がいかに曖昧なものであるかを思い知らされるものであった。
が、裏返して言えば、TSCの公演では、666本の釘を拾い集めるゴネリルとリーガンの場面が強烈なイメージとして残っていることを証明しているとも言える。そして、今回の舞台では最初の方の場面の、地獄小僧のイメージがより強かったとも言える。そのイメージの強さは、最後にこの地獄小僧が変装して演じたコーディリアから、自分の正体を現すときの、清純なコーディリアとの落差、どんでん返しから生じるものであった。というより、しみず由紀の演技が見事であったと言うべきであろう。
劇の展開や筋は、これまでにも何回も観てきているのでここで繰り返すまでもないが、そのミステリアスな展開には話の筋を知っていてもまったく新たな気持ちで、ワクワク、ドキドキで楽しませてもらった。
そこでこの劇の見どころとしては、個々の登場人物を演じる個性的な演技であるが、それぞれの人物を演じる出演者がそれを十二分に堪能させて楽しませてくれた。
出演者は、道化に主宰者で演出も兼ねる今井耕二、地獄小僧とコーディリアをしみず由紀がキュートに演じ、ゴネリルを奔放的に粟野淳子が演じ、リーガンを粘液質的に槇由紀子が演じて、二人を手玉にする(というより、この劇では手玉にされている感じで演じられたが)エドマンドをアキヤマコータローが演じた。
上演時間は、途中10分間の休憩を入れて、2時間50分。
作/奥泉 光、演出/今井耕二、企画・制作/占子の兎
10月13日(金)14時開演、阿佐ヶ谷ワークショップにて、料金:4000円
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