まずは、シェイクスピア劇原語上演50周年、おめでとうございます。ただ、ただ、すごい!としか言いようのない偉業だと思います。日本で個人によるシェイクスピア劇の原語上演を50年継続してやってこられた人は他にないのではないかと思います。
『シェイクスピアとセルバンテスの出会うとき』は、瀬沼氏がシェイクスピアと共に敬愛しているセルバンテスの二人の没後400年の2016年11月に初演されたが、この時は所用で残念ながら観劇することが出来なかった。
しかし、2020年1月に「シェイクスピアを愛する愉快な仲間たちの会」(SAYNK)特別公演としてこの劇が再演され、観劇する機会を得た。そのときの感想として、この劇は中身を入れ替えて幾つものバージョンができると観劇日記に書き残したが、それが今回、瀬沼氏のシェイクスピア劇原語上演50周年という記念すべきセレモニーに、多数の友情出演者が加わることで、『シェイクスピアとセルバンテスと家康の出会うとき』として新たに甦った。
今回新たに徳川家康が加わったのは、シェイクスピアやセルバンテスと没年を同じくするということで、この劇の場面設定である「国の中」(この世界では「この世」と呼ばれ、生前の世が「あの世」と呼ばれる)では没年が生誕日となっており、その三者がともに1616年に亡くなっているという共通項からである。それに友情出演者のメンバーをも考慮され(?)、家康とゆかりのある三浦按針(ウィリアム・アダムズ)までも登場させる。ということで、作者曰く、今回は前回の内容とは80%異なる作品となっている。
主役のシェイクスピアとセルバンテスの二役を瀬沼達也が演じるのはこれまで通りだが、これまでと異なる創作上の特徴としては、家康と三浦按針が新たに加わったことと、主演の瀬沼達也とYSG代表の飯田綾乃以外は、清水英之、林佳世子、関谷啓子、高村絵里ら友情出演の4名はこの劇に初登場であり、喫茶店のメード役アヤの飯田綾乃、常連客のビビの林佳世子と同じく常連客のアンの高村絵里については、作者により当て書きがなされている。
そして新たに徳川家康を加えることになったことで、世界観などの設定をこれまでとは変更しているということである。その「あの世」の家康であった「この世」の喫茶店のマスター役の清水英之のソフトな台詞回しは、作者の意図する世界観、「平和」と「愛」を表出するようで、何とも心穏やかに感じさせてくれるものがあって、聴いていてほんのりとした気分を味あわせてもらった。
まず共通項である三者の没年については、年を同じくするだけでなく月も同じであることが注目される。シェイクスピアは4月23日、セルバンテスも同じく4月23日であるが、これは前者がユリウス暦、後者がグレゴリオ暦という違いがあり、実際にはセルバンテスの方がシェイクスピアより11日後に亡くなっている。家康は4月17日に没している。また、劇中で家康は幼年時代に人質であったことが言及されるが、セルバンテスもレパントの海戦に参戦して5年間の捕虜生活を送っている。
三浦按針は没年こそ異なる(元和6年、1620年4月24日没)が、生まれたのは1564年9月24日頃で、その生誕の年をシェイクスピアと同じくするだけでなく、没年月日が1日違いという近似性がある。
この創作劇の大いなる特徴として、登場人物の結び付きの関係に関しての、作者の着眼点、着想、想像力、創造力、構成力、構想力が面白いだけでなく、素晴らしいと感じた。また、劇中、瀬沼達也が得手とする駄洒落満載の劇でも楽しませてくれる。
作者瀬沼達也が敬愛するシェイクスピアとセルバンテスの作品の劇中劇がまた見もの(聴きもの)で、それが大いなる楽しみを引き起こしてくれた。
劇中、セルバンテスの大ファンというメードのアヤを演じる飯田綾乃がサンチョ・パンサとなり、瀬沼達也が演じるセルバンテスがドン・キホーテとなって、『ドン・キホーテ』の中でも最も有名な場面の一つである「風車の場面」(前篇、第一部・第8章)と、第10章のサンチョ・パンサがキホーテに魔法をかけ、3人の百姓女の一人をドルシーネ姫だと信じ込ませる場面を演じた。ここでドン・キホーテの相手役を務めたメードのアヤを演じた、可愛らしいメード服衣装の飯田綾乃が何ともチャーミングで、これまでの彼女とは違った側面を見せてくれ、楽しませてくれた。
この劇の後半の最後の方ではドン・キホーテを主人公にしたミュージカル『ラ・マンチャの男』から「見果てぬ夢」の歌を、セルバンテスを演じる瀬沼達也がアカペラで朗々と見事に歌い上げた。
一方、シェイクスピアの作品からは、悲劇を好むという高村絵里が史劇『リチャード三世』を選び、1幕2場のリチャードがアンに求愛する場面を瀬沼と二人で演じ、林佳世子が『ハムレット』の3幕4場、ガートルードの居間の場面を、林がガートルード、瀬沼がハムレットを演じ、ポローニアスと亡霊を清水英之が演じた。
瀬沼達也の演技は言うまでもないことだが、アンとガートルードを演じた二人のプロの俳優の演技が素晴らしく、聞かせどころ、見どころともなっていた。
三浦按針を演じる関谷啓子と、喫茶店のマスターを演じる清水英之が、シェイクスピアの劇中歌を原語と日本語でそれぞれ歌うのを聴かせてもらえたのも大いに楽しむことが出来、もっと聴かせてもらいたいと思った。
最後は、「国の中」では没年が生誕日である三者の誕生を祝って、ハッピーバースデーの合唱、そして「蛍の光」の日英語による歌での締めくくりと、最後瀬沼達也の感謝の挨拶は感動的であった。
上演時間は、途中10分間の休憩をはさんで2時間30分。
エンターテインメントとしても秀逸な素晴らしい舞台であった。最前列に一人だけ座って観劇したが、さすがに首が痛くなってしまったが、その痛みもこの劇の楽しさが帳消しにしてくれた。
最後に、この劇の上演を記念して、セルバンテスの『ドン・キホーテ』から、次の言葉を引用させてもらう。
<「芝居においていちばん才能のいる役柄は道化である」(後篇、第3章より)>
<「芝居はいずれも、そこに人間生活のさまざまな局面における実相が生き生きと映し出されている鏡を、われわれの前に置くことにより、国家に対して大きな貢献をする手段だからじゃ。われわれの現実の姿を、またわれわれのあるべき姿を鮮やかに描き出すということに関しては、芝居に、そして役者に比肩しうるものはない」、「舞台の上と同じことが、この世の実生活においても起こっている」(後篇、第12章より)>(牛島信明訳、岩波文庫)
この言葉を、主演の瀬沼達也氏と出演者のみなさん全員にお贈りします。
作・演出/瀬沼達也、音響・照明/飯田綾乃
シェイクスピアを愛する愉快な仲間たちの会(SAYNK)主催、横浜山手読書会共催
9月23日(土)13時30分開演、横浜人形の家「あかいくつ劇場」、入場無料(予約制)
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