2023年観劇日記
 
   KAWAI PROJECT vol. 8 『悪い仲間』            No. 2023-018

ハル王子とフォールスタッフとその仲間たち、そしてウクライナの戦争

 観劇の予約日当日(5日)の午前中に、出演者の体調不良で公演中止の連絡メールが入り、併せて振替日の案内があって、千穐楽(11日)の夜の追加公演に予約をし直した。千穐楽の当日、会場に行くと、「本日はフルメンバーでの公演」という張り紙が受付にしてあったので結果的には正解であった。振替としての追加公演であったが、開演時には満席の状態であった。
 開演前に、主催者で作者・演出の河合祥一郎氏から出演者の体調不良が続いて、休演や代役での上演となっていたが、千穐楽当日になってフルメンバーでの上演となったことの挨拶があった。
 パンフレットがわりのA3二つ折りで4頁の『悪い仲間』の案内文で、この劇の意図するところと梗概が詳細に記載されていたが、観劇前には余分な先入観を持たないで見る主義なので一切見ないままで観劇した。
 しかし、この観劇日記をまとめるにあたってその内容を改めて見ると、筋立ての運びや作者が意図する内容については、この劇を観たときに自分が感じたこととほとんど変わりがなかった。
 劇の始まりは、この劇が意図するものを反映して、戦争の爆撃音が続く。
 舞台の上手にはフォールスタッフらしき老兵が銃を持って腰かけており、かなり離れた下手には若い男が同じように銃を構えて腰かけにかけている。その若い兵士のところに、その男の妻と思われる女が幾度か話しかけにやって来る。その会話がなぜか韓国語である。一方、フォールスタッフらしき老兵は、スマホを使ってフランス語で会話している。その場面がかなり続く。なぜ、韓国語であり、フランス語なのか、というのが観劇をしていてフラストレーションを感じたが、アフタートークでもその質問がよくなされたそうである。その回答は、終演後のアフタートークで河合祥一郎氏から、よく出された質問として説明され、本来ならこの場面の言葉はロシア語が然るべきであるが、それだとあまりに直接的過ぎるということから選ばれたのが韓国語ということであった。
この劇がシェイクスピアの『ヘンリー四世』や『ヘンリー五世』などの縦筋に絡めて、緯糸としての意図するところである今起こっているウクライナの戦争に関連している。
 この場面に続いて、フォールスタッフらによるギャズヒルの追剝強盗の場面から、ハル王子と彼の「悪い仲間」たちの『ヘンリー四世』第一部の物語へと展開していく。
 その物語の内容は、『ヘンリー四世』から『ヘンリー五世』の展開と交錯するだけでなく、不当な手段で王位を得たことから反乱などで悩まされるヘンリー四世は、「束の間の灯よ、消えろ、消えろ」などのマクベスの台詞を語り、最後は狂乱のリア王となって「わしが誰かわかる者は誰だ?」と問うと、それに応えるのはフォールスタッフ。
 『ヘンリー四世』と『ヘンリー五世』の内容が交錯する場面の一つとしては、アジンコートの戦いを前にしてのハーフラー市の城門の攻撃の場面で、ヘンリー五世が、「もう一度あの突破口へ突撃だ、諸君、もう一度!それが成らずばイギリス兵の死体であの穴をふさいでしまえ」と叫ぶが、そのイギリス兵は『ヘンリー四世』でフォールスタッフがグロスターシャーで徴集したウォートやフィーブル、シャドーなどほとんど不具者に近い者たちであった。そして彼らの台詞が、ロシアの戦争経験のない新兵の言葉として語られることで、ロシアのウクライナ侵攻の現状がまざまざと想起される。
 そのロシアによるウクライナ攻撃の惨状が、この劇の間奏曲のようにして小田豊が演じる「男」によって語られる。ロシアのロケット砲によって住んでいた家屋が破壊され、妻と娘がその砲撃で壊れた家屋の下敷きとなって亡くなる。「男」は素手で瓦礫を掘り起こし、最初は娘の手を見つけ、続いて顔がつぶれた妻を見つけ出す。ここではウクライナという言葉やロシアという言葉は一切出ないが、それは明々白々の現在の事実としてはっきりと分かる。
 『ヘンリー四世』の劇が『ヘンリー五世』と交錯しながら展開しながらも、最後は、ハル王子がヘンリー五世となってフォールスタッフが見捨てられ、拒否られることで『ヘンリー四世』としての幕は閉じられるのだが、この劇の最後は再び冒頭の場面に戻る。しかし、若い兵士のところに訪れていた女(妻)は、今度はフォールスタッフらしき男の妻として彼のもとを訪れ、若い兵士に話しかけていた妻と同じ内容を、日本語で「きょうは、サトルの誕生日なので、早く帰ってね」と語りかける。
 フォールスタッフらしき老兵は、若い兵士を銃で撃ち殺した後、フランスの行進曲、「玉ねぎの歌」をフランス語で口ずさむ。そして、彼が口ずさむ歌に唱和して、その歌声がバックミュージックとして次第に声高らかに高揚したところで暗転して幕となる。その真っ暗な舞台正面に、ウクライナの男が掘り出した娘と妻の手が瓦礫の中から飛び出て、照明に煌々と照らされて表出されて、象徴的な終幕となる。
 この劇の見どころは、経糸としてのシェイクスピアの『ヘンリー四世』と『ヘンリー五世』、緯糸としてのウクライナとロシアとの戦争の暗示もさることながら、7人の出演者が複数の役を演じる演技そのものも大きな見どころとなっている。特に、ヘンリー五世がアジンコートの戦いで見せる態度は、ロシアのプーチンをさえ感じさせる憎まれ役的なのが興味深い。そして、シェイクスピアの『ヘンリー四世』と『ヘンリー五世』における戦争のエピソードに、ロシアのウクライナ侵攻を挿入することで、いま、現在という時代を深く感じさせる劇でもあった。
 出演は3人の老俳優と、4人の若い俳優のコンビネーションで、、ヘンリー四世やピートなどを演じる田代隆秀、フォールスタッフと老兵に高山春夫、ハル王子や若い兵士に今井聡、バードルフや旗手ピストル、フルエリン隊長に梶原航、(ウクライナの)男、ウスター伯、怨霊などに小田豊、若い女(妻)、ポインズ、ドル・テアシート、兵士コートなどに菊池夏野、ギャズヒル、ウェスモーランド伯、女将クィックリー、兵士ウィリアムズに西岡未央。
 上演時間は、途中休憩なしで、1時間40分。


制作・作・演出/河合祥一郎
7月11日(火)18時開演、早稲田小劇場どらま館、チケット:4500円、全席自由


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