2023年観劇日記
 
   オールアクトカンパニー第27回公演 『ハムレット』          No. 2023-015

 8年ぶりになるという石山雄大による庄田侑右のハムレット、『ハムレット』の再演。
 その石山雄大は82歳になるという。それに合わせたかのように、平日マチネの観客は彼と同年配ぐらいの人たちが大半を占めていて、中には手押し車や杖を頼りにしている人も数名以上いた。
 芸に年齢を重ねて励んできた人の演技には、独特の風味と風格がにじみ出てきて、観ている者をして心を和らがせてくれるものがある。そんな石山雄大が演じたのは、墓堀人のひとり。そしてかれが構成し、演出する『ハムレット』は観ていて安心するだけでなく、エンターテインメントとしての楽しさを味あわせてくれた。
 始まりから中盤まではシェイクスピアのテキストに忠実にそって展開していく。出演者が総勢30名を超えることもあって、シェイクスピアに登場する名前をもった登場人物の場面はほとんどすべてカットなしで登場して演じられる。
 たとえば、普通はカットされることが多い、ポローニアスからレアティーズの様子を探りに行かされる召使のレナルドーも登場し、その場面もしっかり取り入れられている。また、ノルウェーの使者のヴォルティマンドとコーネリアスが命を受けて出発する時も、帰朝報告の場も省かれずに演じられる。
 開演前にこの上演が休憩なしで2時間15分と聞かされているので、これだけ忠実に演出されていると時間がいくらあっても足りないと思っていたが、そこはきちんと考えられていて、後半部になるとうまい具合にカットされながらも最終場面へと展開されていく。
 テキストに忠実ななかにも一工夫が見られるのは、旅役者たちの一行。6人プラス1名(この1名はダブルキャストのオフィーリア役がオフィーリアを演じないもう一人が旅芸人として登場する)は、タイやバリ島などで見られる小乗仏教の民族衣装を身につけた踊り手たちとして登場し、全員女性。登場するとすぐに演じるのは小乗仏教的民族舞踊のダンス。これが劇の中盤のハイライトのエンターテインメントとして目を楽しませる。その後ハムレットの要望に応じて演じるプライアムの最後を物語る場面は、役者たち全員が交互に輪唱して物語る。
 役者たちが劇中劇を演じている間、ハムレットの指示に応じてホレイショ―がクローディアスの方をじっと目を向けている姿が目を引く。そして、クローディアスが立ち上がって「明かりを持て」と言って退場した後はすぐに暗転し、「手負いの鹿は泣き泣き逃げろ」以下のハムレットが浮かれ騒ぐ場面はなく、ロゼとギル、それにポローニアスがハムレットのもとに戻ってきてガートルードが呼んでいるという場面へと飛ぶ。
 細かいところでは、最後の方の場面でホレイショ―がハムレットの後を追って自害しようとする時、普通は残された毒杯を仰ごうとするのだが、ここでは台詞の通りローマの武人らしくそばにあった短剣で死のうとしたのも異なっていた。
 最後の場面は、フォーティンブラスの「このような光景は戦場にこそふさわしい、ここでは目をそむけしめるほどあまりに痛ましい。さあ、兵に命じて礼砲をうて」の言葉と共に、ハムレットの死骸が運ばれて幕を閉じることになるのだが、ここではホレイショ―がその名の示す通り、「語り部」として、運ばれていくハムレットの最後を静かに見送って礼を捧げる。そしておもむろに溶暗して幕となるのが印象的であった。
 そのホレイショ―を演じたのは、板橋演劇センターでシェイクスピア全37作品に出演しただけでなく、20代、30代、50代と3度にわたってハムレットを演じた鈴木吉行。ハムレットを演じた役者はクローディアスを演じるのが普通(?)だが、永遠の青年を感じさせる鈴木にはホレイショ―がまさに適役であった。
 主演は、8年前にもハムレットを演じた庄田侑右が精悍なハムレット、ガートルードは庄田とはよくコンビで演じる大竹一重が華やかに演じ、クローディアスには中條孝紀、ポローニアスに側見民雄、オズリックに奥田武士、レアティーズに滝沢亮太。オフィーリアはダブルキャストで、自分が観た回では森田萌依が演じた。


構成・演出/石山雄大
5月31日(水)14時開演、池袋シアターグリン・ビッグツリーシアター、
全席自由(B列10番をとる)


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