2023年観劇日記
 
   新地球座公演 荒井良雄沙翁劇場 第35回              No. 2023-013

喫茶ヴィオロンを舞台にしてどよめかす 『ヘンリー五世』  

 開演に先立って新地球座代表の倉橋秀美が本日のプログラム案内にあたって、代表自身が気づいていなかったと、この新地球座朗読劇公演が今年10周年となると改めての挨拶をした。この3年間、新型コロナウィルスの関係で開催もままならない状態が続いたが、この5月の連休明けでほとんどすべての自粛が解禁され、今回は久し振りの満席状態の盛況であった。
 演目は、英国史劇シリーズの上演で、上演の順番はシェイクスピアの作品の制作順ではなく、史実の順番に基づいた。英国史劇は日本人にはなじみがなくとっつきにくいだけでなく、あまり面白くない。それでもフォルスタッフなどが登場する『ヘンリー四世』や、悪人リチャードが活躍する『リチャード三世』は楽しめるのだが、英国では英雄として人気がある『ヘンリー五世』となると日本人にはなじみが薄く、自分でも面白いと思わない。それで台本構成にあたっても苦労をし、見る人、聴く人にも面白くないのではと心配したが、新地球座による『ヘンリー五世』朗読劇は、そんな懸念をふっとばす面白さであった。というより、これまでのなかでも最高の一つといえる面白さであった。
 その成功は、ひとえに演出と出演者のアンサンブルによると言えた。
 始まりの「序詞」では、出演者全員が舞台外に登場して、各自が2,3行ずつ輪読する形で朗読され、「この木造のOの範囲に、実(まこと)、アヂンコートにて、空気を震ひをののかし」の個所では、その場所を「喫茶ヴィオロン」に置き換え、本編朗読ではまさに喫茶ヴィオロンを震撼せしめる台詞語りに引き込まれていった。
 この「序詞」は、原文では各幕の始めにあるのだが、この台本では最初と4幕の前だけの2カ所としている。演出では、3幕の終わりにSPレコードによるベートーベン作曲『エグモント序曲』(指揮:ウィルヘルム・フルトヴェングラー、演奏:ベルリンフィルハーモニー管弦楽団)が間奏曲として取り入れられ、その選曲といい、挿入のタイミングといい、絶妙な組み合わせで効果抜群であったと思う。 SP選曲・提供は、喫茶ヴィオロンのマスター、寺元健治氏。
 出演者のアンサンブルについては、登場順に、まずカンタベリー大監督(他にフランス王も)を演じる久野壱弘が、滋味あふれる、奥行きの深い、落ち着いた趣きで魅了し、タイトルロールはただひとり、一人一役の菊地真之が貴公子然とした趣きで、沈着な声音からハーフラー市攻撃の激烈な台詞の発声で惹きつけ、フランスの使節やモントジョイ、バーガンディー公爵など4役をこなす西村正嗣は、フランスの使節の声音を訛りで違いを感じさせ、演じる人物の声音をそれぞれに変化させ、その成長の著しさを大いに感じさせてくれ、先行きがますます楽しみになってきた。演出を兼ねる高橋正彦もエクシター公爵はじめ4役をつとめ、イギリス兵の一人、ウェールズ出身のフルーエレンの役ではお国言葉を巧みに演じた。登場順では最後となった倉橋秀美は、ドーフィンやイギリス兵のウィリアム、そしてフランス王女のカサリンを演じ、特にカサリンの演技では目の表情、カタコト言葉のイギリス語の声音などをキュートに面白おかしく演じたのが印象的であった。
 今回の演出では各幕場の冒頭で、「1幕2場、ロンドンの王宮」などと、出演者が交代で各幕場とその場所を語るという趣向を取り入れており、参加者(観客)のみなさんには上演される各幕場の概要を簡単に記した解説文をお渡ししていたので、この劇の内容を知らなくとも朗読の内容が理解されたのではないかと思う。
 終演後、コロナによる自粛全面解除で、久し振りに出演者・参加者そろっての打ち上げが阿佐ヶ谷駅近くの中華料理店で催されたが、出演者はもちろん参加者もほぼ全員参加し、にぎやかに、和やかな歓談で時間を忘れて楽しむことができたのも最高の歓びであった。


翻訳/坪内逍遥、監修/荒井良雄、台本構成/高木登、演出/高橋正彦
5月24日(水)18時30分開演、阿佐ヶ谷・喫茶ヴィオロン


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