2023年観劇日記
 
   彩の国シェイクスピア・シリーズ 『ジョン王』         No. 2023-003

 彩の国シェイクスピア・シリーズが37全作品公演を四半世紀かけて達成。
 本来は2020年に上演されることになっていた『ジョン王』は、その前の『ヘンリー八世』が新型コロナウィルスで途中休演となり、『ジョン王』も予定だけで上演されないまま過ぎ、その後、このシリーズ最後に上演されるはずの『終わりよければすべてよし』が先に上演され、『ジョン王』は幻に終わるかと思ったが、昨年、『ヘンリー八世』の再上演と、昨年末から今年初めにかけて『ジョン王』の東京公演が行われた後、この2月に、改装工事中のさいたま芸術劇場から埼玉会館に会場を移して公演され、その上演を観劇することができた。
 2020年公演時のキャスティングから今回の東京公演では一部変更があり、さらに、今回の彩の国公演のキャスティングも東京公演とは一部変更がなされているだけでなく、今回の演出は2020年公演予定の演出とは明らかに異なっていると思われるところが見て取れる部分があった。
 開演時、1階席の観客席からの拍手で何事かと思っていると、赤いパーカにジーパン姿の青年が観客席の通路から舞台へ駆けあがり、あたりの様子を伺いながら舞台中央奥の扉を叩いて見たりした後、スマホで写真を撮り始める。と、突然、上からドサッと人体の人形が落ちてきてドッキリさせられる。別の所に落下した来た少年を起こして自撮りをしようとしているところ(から、記憶が飛んでよく覚えていない)。しかし、この赤いパーカの青年が、私生児フィリップ役の小栗旬であることが舞台が始まってから判明し、拍手の謎もそこで解けた。
 舞台が暗転した後、次に登場してくるのは玉座に座ったジョン王、その上部のギャラリーの舞台では、歌舞伎衣装のような派手な姿で歌に合わせて舞を舞っている皇太后エリナー(だと判明するのは、彼女がギャラリーから降りてきてジョン王たちと合流してから初めて分かる)。歌を歌っているのは、ジョン王が臨終に際しても歌う場面があり、その関係から見てもジョン王演じる吉田鋼太郎だったのではないかと思ったが、2階席からだとよく分からない。
 この『ジョン王』で特徴的だったのは、このように冒頭、最期、エンディング、そして劇の途中の要所要所の場面で登場人物によって劇中歌が歌われることであった。が、その歌が生演奏なのか、録音されたものを流しているのかもよく聞き分けられなかった。また、開演前に人体の人形が落ちてきたように、要所要所の場面で、意味もなく(?)人体の人形が幾度もドサッと落ちてくるのもこの演出での特徴の一つであった。この舞台上から物をドカッと落とすのは、蜷川幸雄へのオマージュかとも思えた。
 舞台背景に浮かぶ大きな月の映像と照明による舞台の千変万化の変化も印象深いものがあった。
 もう一つの特徴としてはオールメールキャストで、いわゆる喜劇とされる作品以外でのオールメールキャストは、このシリーズでは今回が初めてではないかと思う(シリーズの作品全部を観ていないので確信を以ては言えない)。そのなかで、コンスタンスを演じる玉置玲央が飛び蹴りでジョン王を倒すなどのコミカルな演技など、およそ女性らしくない演技も却って面白みがあった。
 最初に書いたが、この演出が当初の予定とは異なると見て取れるのはエンディングにあった。
 ジョン王の死と、私生児フィリップの最後の台詞で一旦幕となり、カーテンコールがなされるのだが、フィリップを演じる小栗旬はその後も舞台下手側に残ったまましばらくずっと立っている。やがて、舞台奥から噴煙を表すスモークが湧きだし、軍服姿の兵士が銃を構えて現れ、フィリップに狙いを定める。そしてそのままずっと静止状態の姿勢のまま、最後を飾る劇中歌が長々と歌われ、その歌が終わったところで最後の最後となり、もうそこでは再度のカーテンコールもなく、終わりとなる。見て取れるようなこのエンディングは、ロシアのウクライナ侵攻を表象化したものであるのは明らかであり、ドラマとしては蛇足の感が免れないが、今この状況下にあってはその意を汲むべきかなと思う。
 舞台全体の印象としては、2階席ということもあって舞台から遠く、顔の表情や所作など細かくは見えず、上から俯瞰して見る形で、舞台全体が大味な感じでしかなく、また、台詞もマイク越しのような聞こえかたなので、遠方にいても同じ音量で均質的にしか聞こえず、台詞の細かいニュアンスを楽しむ自分としては物足りなかった。
しかし、その中にあってもジョン王を演じた吉田鋼太郎の声は肉声の響きを十二分に感じさせた。
『ジョン王』は台詞の多さから私生児フィリップが主役だと思わせる作品であるにもかかわらず、この舞台に限っては吉田鋼太郎のジョン王がタイトルロールとしての重みを私生児フィリップ以上に感じさせた。
 出演は、タイトルロールの吉田鋼太郎のほか、私生児フィリップに小栗旬、公太后エリナーに中村京蔵、コンスタンスに玉置玲央、皇太子ルイに白石隼也、ヒューバートに高橋勉、ブランシュに植本純米、フランス王に櫻井章喜、枢機卿パンダルフに廣田高志、アンジュの市民に間宮啓行など、総勢23名(アーサー王子はWキャスト)。
 上演時間は、途中休憩20分をはさんで、3時間。

 

翻訳/松岡和子、上演台本・演出/吉田鋼太郎、美術/秋山光洋、照明/原田保、衣装/宮本宣子
2月22日(水)13時30分開演、埼玉会館・大ホール、
チケット:(A席)9000円、座席:2階1列37番


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