2023年観劇日記
 
   麗澤大学PEN(Playhouse English Network)英語劇第1回公演
          『シェイキング ザ スピア/Shaking the Spear』
   No. 2023-001

 公演の案内をもらったとき、タイトルには惹かれたがOBの英語劇ということでそれほど大きな期待はしていなかった。ところが、その予想は見事に覆され、わくわくする話の展開を楽しませてもらっただけでなく、これほど感動と感銘を受けたことがないほど素晴らしい劇で、シェイクスピアの名台詞をじっくりと堪能させてもらった。
 当日もらったプログラムによると、PEN(プレイハウス イングリッシュ ネットワーク)は、「演劇と英語に関する活動を楽しむことを目的としたグループ」で、2021年から麗澤大学英語劇グループ卒業生を中心として立ち上げ、2022年3月に正式に発足し、麗澤大学だけでなく、明徳義塾中高等学校の国際演劇部卒業生と上智大学ソフィア・シェイクスピア・カンパニー作品に出演した二人も加わっている。立ち上げ当初、アントン・チェーホフの『かもめ』を上演しようと考えたが、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めたことからPENの最初の公演にロシアの戯曲を取り上げるのはふさわしくないと考え、今回の『Shaking the Spear』の公演になったという。
 麗澤大学英語劇グループがこれまで上演してきたシェイクスピア劇は19作品にのぼり、その台本が会場の入口前に展示されていた。今回の作品の台本と演出を務められたギャビン・バントック氏は、奥さまに年齢を伺うと83歳になられるということであった。また、今回出演しているメンバーは、3年前の『俊寛』や13年前の『ペレアスとメリザンド』に出演したメンバーが多いということでもあったが、それ以外にかなりの年配の方も出演されていた。
 はじめにこの劇を感激した感動を述べたが、開演前の舞台にはホリゾントのスクリーンに空港の出発ゲートにフライトの行き先が映し出されており、行き先として"GB HOUSE"(ギャビン・バントックの家)、"SOUTH POLE"、"NEVERLAND"、"THE FUTURE"、"WARS"、"ANCIENT ROME"などが示されていて、各便がそれぞれ給油中、清掃中などとなっている。
 開演とともにパイロットのハリー・ハリアー・ホーカーが槍を振るって登場し、その槍を槍投げ少年シャンクス(小学生の山田倫瑛君が演じる)が奪って退場する。
 場所は、南柏(麗澤大学がある)の空港のトランジェット・ラウンジで、そこにスピアジェットインターナショナルの飛行機が着陸し、乗客たちが降りて来て、飛行機が再出発するまで3時間待たされることになる。
 飛行機はカルフォルニア州のオークランドに向かうはずが、なぜか南柏の空港に着陸。南柏=サウス・オーク、すなわち南オークランドと間違えての着陸で、しかもこの空港はテニスコートほどの大きさしかないということで、パイロットは垂直着陸し、乗客たちは散々な目にあって降りてくる。まず、そこから奇想天外な始まりとなる。
 乗客たちは全員シェイクスピア劇に興味と関心を持っており、待ち時間をつぶすためにお互いの自己紹介をした後、自分の好きな好きなシェイクスピアの作品を朗誦することを、年長者の一人、冒険家と称するエドガー・リアが提案する。彼の名前からしてすでにシェイクスピアの作品の登場人物名が織り込まれている。彼の年齢瀬設定は65歳となっているが、彼を演じた山田治の実年齢かとも思われた。
 最初に朗誦するのは会社社長という設定のミスター・ピーチ(和田理)。自分の名前のピーチが台詞の中にある『テンペスト』のキャリバンの台詞(3幕2場)、'peaches ready to drop upon me'(ピーチがおれの上に降ってきそうになる)を朗誦する。それを受けて4幕1場のプロスペローの有名な台詞'We are such stuff as dreams are made on'(吾らは夢と同じ糸で織られていて)のある部分を空港管理人役の森川嘉之が朗誦する。
 散発的にスクリーン上に空港アナウンサーのミランダ(大西菜々海)が登場し、フライトの状況などをアナウンスするが、当該飛行機の便名が"007"で、そのダブル・オーオーから「おお、ロミオ~」の台詞となって、「強い女性を恐がるイタリア人」ピート・ルーキオ(林大輔)との二人で『ロミオとジュリエット』とのバルコニーシーンを演じる。
 舞台はこのように自己紹介をしながら自分の経歴や、話の展開を受けての有機的な関連性をもたせながら、シェイクスピア作品の有名な台詞が次々と朗誦されていく。従って、その面白さは、話の展開のなかで次なる台詞を予想する楽しみも加わってくる。
 以下、エドガー・リガ(山田治)がその名の示す通り、『リア王』3幕2場、嵐の場のリアの台詞を迫真の演技で朗誦し、次は、絶えず「トゥモロー」とつぶやいている「寝坊助の乗客」アーサー・キング役の郭禹材が、『マクベス』5幕4場の'Tomorrow speech'。そして、ターナーの曾孫という情熱的な芸術家アデア・ターナー(渡辺千恵理)による『ジュリアス・シーザー』3幕1場、「私がおまえたちのような男なら、嘆願されれば心動かされることだろう」に始まる台詞が続き、さらに「倒産したビーフバーガー製造会社の息子」エドモンド・ド・バーガーラックを演じる和智太誠が『お気に召すまま』のジェイキスの台詞、「この世はすべて舞台」(2幕7場)へと続く。
 もちろん、台詞が単独で続くのではなく、間にその台詞につながるエピソードが小話的に挿入されて、必然的な流れを持たせている。「偽物の税関職員」ユーゾウ(鈴木隆大)が『ヘンリー五世』3幕1場のハーフラー市の城門の前での戦いの場、「もう一度、突撃だ、諸君、もう一度だ」を、声高らかに絶唱する。
 「元客室乗務員」であったアンジェリカを演じる、派手であでやかな衣装の上田恵介がソネット116番を美しく見事に朗誦し、さらに「良い魔法使い」エミリー・モーガンを演じる浦田あやかが『夏の夜の夢』2幕1場のオーベロンの台詞、「浮気草―魔法の花」の台詞のくだりを語り、次はパイロットのハリーを演じる酒井伊幸が『ハムレット』の有名な独白、「生きるか死ぬか、それが問題だ」を聞かせた後、鈴木隆大が『ジュリアス・シーザー』3幕2場のアントニーのシーザー追悼演説、「友よ、ローマ市民諸君よ、そして同胞の皆よ」を、ハーフラーでの戦いの場と同じく、声高らかに朗誦する。
 ここで、有名なミュージシャン・デュオとして永森久隆と澤田次郎の二人がギターをもって登場し、舞台の雰囲気が盛り上ったところで、リア役の山田治氏が最前列に座っていた招待客の田中駿平麗澤大学名誉教授を舞台上に招き上げ、歌を促すという余興が入った。あらかじめ打ち合わされていたようで、教授はオフィーリアの歌の台詞を用意していて、舞台上の出演者にそのコピーを渡し、観客に歌の内容を説明した後、アカペラで静かなしんみりとした声で歌われた。
 最後の朗誦は森川嘉之による『リチャード二世』2幕1場、ジョン・オブ・ゴーントのイングランド賛歌の台詞、「この歴代の王の座る王座、この王笏の支配する島、この至上の陸地、・・・」を静かに力強く語られ、その台詞力に魅せられ聴き入った。最後には、これまでスクリーン上でしか登場していなかった空港アナウンサー、ミランダ役の大西菜々海がスクリーンから飛び出してきたようにして全員の中に加わり、ミュージシャンのギター伴奏にのせて、行き先を全員がイングランドに変更し、イングランド賛歌を歌い、観客を感動の渦に巻き込んでいく。
 ブラボー、ファンタスティック、'Very impressed!'と叫びたくなる感動であった。英語の発音も全員、クリアで、よく通る声で聞き取りやすく、演技も自然で、これまでも常に舞台に立っているようなうまさであった。
 劇中朗誦されるすべての台詞の原文と日本語訳が、バトック先生の奥さまの訳でプログラムに掲載されている。
 蛇足ながら、最前列のグループの中央の席が田中名誉教授、その右隣がバントック先生の奥さま、その右隣に自分が座っていたので、終演後、話しかけてこられた奥さまには名前だけ自己紹介した。ロビーでは、観客が出演者たちを囲んで談話しているところを見ても、観客のほとんどが大学や出演者との関係者と分かるような感じであったが、自分も知らないまでも、演技や台詞力に感銘を受けた空港管理人役の森川嘉之氏、エドガー・リア役の山田治氏、ソネット116番を朗誦した上田恵介氏などに称賛の言葉をかけた。個人的には、『お気に召すまま』の台詞を語った和智太誠君が、僕の亡くなった妻の従妹の孫であることから、麗澤大学の公演案内をもらうようになったという関係がある。そのおかげで素晴らしい劇を観ることができ、感謝!
 まさに'The play shakes my heart'であった。上演時間は休憩なしで、2時間。

 

作/ギャビン・バントック、演出/ギャビン・バントック&マーウィン・トリキアン、
演出補佐/森川嘉之
1月22日(日)15時開演、麗澤大学・プレイハウス(スモール・シアター)


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