2022年観劇日記
 
   LABO!第18回公演 『冬物語』                  No. 2022-024

「冬から春へ、死から生へ、悲しみからよろこびへ、魂へ導く物語」

 重厚にして軽妙、深刻にして明朗、そして最後は、どっしりと、軽やかに重い。その重い思いを抱いて、すでに日の落ちた夕刻、劇場をあとにした。
 重厚で深刻な場面は、シチリアのレオンティーズの嫉妬の妄想に狂う場面であり、軽妙で明朗な場面は、後半部のボヘミアの毛刈り祭りの場面であるが、その明るさもフロリゼル王子が羊飼いの娘パーディタと勝手に婚約を結ぼうとすることでポリクシニーズの怒りが爆発し、再び深刻な場面へと転じるが、それもオートリカスや羊飼いと道化の登場ですぐに軽妙な場面へと転じる。
 会場は、約10メートル四方の平土間、その四隅に90センチ角ほどの台座が置かれているだけの舞台である。僕の座っている平土間の最前列の席と舞台の仕切りの間は何もなく、その距離も1間ほどしか離れていない。
 四隅に置かれた台座は劇の進行中、登場人物が扮する彫像の台座として用いられたり、王座に作られたり、岩屋にされたりと活用されるだけでなく、後半部のボヘミアの場面の始まりの時には、その台座がすべて斜めにして置かれることで、場所が移っていることが暗示されるという工夫もされている。道具としてはこの台座だけしかないが、それを有効に活用することで舞台の場面をリアルに具現化していた。
 この舞台で最も圧巻な場面は、前半部のハーマイオニの裁判の場面で、マミリアスの死を聞いたハーマイオニがその場で亡くなったことから、西尾早智子が演じるポーライナがレオンティーズを非難難詰する迫真の演技だった。
 釘付けになる演技とはまさにこのことであった。この強烈な演技が、いつもは感動の場面となる後半部最後のハーマイオニの彫像が動き出す場面の感動が希薄化されたほどであった。これは自分だけの印象かも知れないが、ハーマイオニの彫像の場面が正面から見る光景ではなく、観客席からは側面から見る配列となっていたことも希薄化した要因の一つであったように感じられた。
 後半部の始まりは「時」のコーラスで始まるのだが、この舞台では毛刈り祭りの羊飼いの娘、モプサとドーカスが登場してきて、16年の時の経過を告げるのに変えられ、毛刈り祭りの華やかな場面を予兆させた。
 前半部のレオンティーズの妄想からくる怒りは深刻な表情であるが、後半部のポリクシニーズの息子フロリゼルに対する怒りの表出は道化染みた軽みを感じさせていたのが対称的で、ボヘミアの場面を明るい場面として保っていた。特に、毛刈り祭りでの歌と踊りは心を弾ませる楽しさを与えてくれた。
 羊飼いの話からすべてのことが明らかとなり、再会した一同が揃ってポーライナの邸にあるハーマイオニの彫像を見に出かけるまでのいきさつについては、出演者全員が、3人、3人、6人のペアになって、オートリカスにコーラス役として聞かせる形で語られる。
 ハーマイオニの再生とパーディタとの再会の悦びの後、ポーライナはこの物語の結びとは異なって、カミローと結ばれることなく舞台は終わる。そして最後を飾るのは、舞台の始まりから「船」の模型をもって遊ぶマミリアスが、同じように船を持って遊んでいる場面で、溶暗して終わる。そこに何かの意味を含ませるかのように・・・・。
 レオンティーズを演じる甲斐智堯以外、出演者全員が二役以上を兼ねるが、ハーマイオニには瀧川真澄、カミローに栗山辰徳、ポーライナに西尾早智子、ポリクシニーズに大窪晶、フロリゼルに長岡晃司、パーディタに高木愛香、羊飼いに牧野隆二、エミリアと道化に中村優子、オートリカスに稲田恵司、モプサに五木田美空、マミリアスとドーカスに井浦華など、総勢13名。
 上演時間は、途中休憩10分を入れて、3時間。

 

翻訳・演出/堀内仁、音楽作曲・演奏/近藤達郎、劇中歌作曲/Darie
11月11日(金)14時開演、すみだパークシアター倉、
チケット:4800円、全席自由(最前列・中央の席)


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