コロナ禍にもかかわらず今年度のMSP参加人数は過去最大の220名となるという。感染状況が一向に衰えない中、公演自体が危ぶまれているこの時期にしてこの参加人数は、驚異であるとともに奇跡にも思われる。しかも、この3年間、大学の入学式、対面授業でさえ制限されてきたなかで、そのあおりをまともに受けてきた2,3年生の参加がどれぐらいであるかも危惧していたが、それも、キャスト、スタッフの学年構成を見て全く杞憂であったことにも驚かされたとともに、安心もした。
舞台監督のプロスタッフ村信保はプログラムの中で、彼が初参加した2007年の『オセロー』では全部で40名ぐらいであったと述べている。それが今では参加人数が200名を超えるまでになっただけではなく、公演3日間の観客動員数が4000名にも達しており、予約は抽選とまでなっている。
『夏の夜の夢』と『二人の貴公子』は、2016年の第13回公演で『夏の夜の夢』と『二人の貴公子』を一つにまとめて上演されているが、今年はコロナ感染の影響もあって二部作としてではなく、状況次第で『夏の夜の夢』のみにするという前提での2本立てということで準備が進められたという。
そのために、今年の優先予約は一人1演目のみで、他の1篇を希望する場合は一般枠で予約することになっていたが、自分は招待ということで2演目を同日に観劇する予約ができた。
今年はこのような状況下での公演ということで、その苦労話も含めて最初に「プログラム」から関係者の言葉を拾っていきたい。
最初にプロデューサーの金子真鉱さんは、第19回公演にあたっての重要課題として、状況も定かでない今の世の中において、MSPの活動がどうあるべきかを考え、今こうして活動できることは過去培った経験であり、その経験を次の代へ伝えていくことだと語っている。そしてプロデューサーとは、全体の進行を見て、その制作活動を統括する役職であり、進行状況の確認も昨今の情勢でオンライン上で行われることが多かったが、稽古場や各部署の対面活動にも時折顔を出して進捗状況を直接確認したという。
学生翻訳チーム・コラプターズのチーフ田村小春さんは、台本制作の苦労話としてチーム各人の個人作業の下訳からメンバーがそろっての検討会で最後に至る翻訳の一例をあげながら、そんな苦労も「完成品であっても台詞の寿命は一瞬です。口から出た言葉はするりと通り抜け、すぐに次の台詞が始まります」と言いながらも、「書かれた時代や文化の違う400年前の言葉たちを、違和感なく自然に皆様に受け取ってもらえるという尊い事実」に自分はもっと早く気付くべきだったという思いを新たにされている。
ワークショップ講師の一人倉田絋顕氏がコロナ禍と重ねて、「かつて、シェイクスピアが生きた時代のロンドンではペストのパンデミックによって劇場の封鎖が相次いだ。しかし、当時の演劇人たちが演劇の灯火を絶やすことはなかった。おかげで僕らは地球史上最高の演劇群を今でも味わうことができる」と述べているが、今まさにMSPがそれを体現させていることを賛辞した言葉となっている。
前置きが長くなってしまったが、最初に観た『夏の夜の夢』の劇の始まりでは、劇中のライサンダー役とディミートリアス役の二人が登場してきて、お決まりの劇場内での禁止事項などの注意事項を述べた後、この劇が「喜劇」であることからお客さんに笑ってもらうための予行演習としていくつかのコントをやった。そして、開演の合図に代わって、パックを呼び出す声が下手舞台裏から聞えてくる。パックは、上手側の最前列観客席に黒いマントのようなものを被った変装を解いて舞台上へと駆け上がる。後で観た『二人の貴公子』での二人のコントの内容は『夏の夜の夢』とは少し異なるものの、劇の始まり方は両方とも同じであった。
開演時早々の出演者総出に近い一同揃ってのダンスは圧巻であり、楽しくも見ごたえのあるものであっただけでなく、この劇があたかもミュージカルであるかのような感じで惹き込まれていく見事さがあった。
劇は、開演時に呼び出されたパックを軸にして、あるいはパックを狂言回し的にして展開していく。パックが祝宴係のフィロストレイトをも演じることからも、そのことが濃厚に感じられた。
キャスティングでは、参加人数が多いことと男女等しく出演させる機会を増やすという目論見もあってと思うが、パックを女子学生が演じるほか、アテネの職人のうちボトムとスナウトを女子学生が演じる一方、妖精の一人辛子の種を男子学生が演じているのも一興であった。シーシアスとオーベロン、ヒ ポリタとティターニアは別々の人物が演じるのも自然の流れであろう。
劇中劇の「ピラマスとシスビー」では、途中で「ロミオとジュリエット」の台詞と変わってしまうという変化を持たせていたのも特徴の一つであった。
MSPが専用劇場にしているアカデミーホールは、「基本的にはコンサートホールであり、演劇を公演するには大変難しい劇場である」と照明指導のプロスタッフ塚本悟氏が語っているが、そんな「至難の業の演劇空間」を、自分達の舞台空間として作り上げ、舞台全体から出演者全員の熱いエネルギーが溢れんばかりに伝わってくるのは、これまで同様、今回も同じであった。
上演時間は休憩なしで約2時間、それから2時間後に『二人の貴公子』の上演。
『二人の貴公子』は、従来シェイクスピアの作品として扱われていなかったこともあり、シェイクスピア全作品の翻訳者である坪内逍遥訳、小田島雄志、そして松岡和子の翻訳もなく、またこれまでに国内でほとんど上演されていなかったこともあり、自分としても原文を流し読み程度しかしていないこともあって、その内容をほとんど覚えていなかったが、劇の進行につれて徐々に思い出していった。
今回、『夏の夜の夢』と独立させての上演とはいえ、前回の公演同様、明らかな連続性をもたせていた。開演時の始まりは『夏の夜の夢』と同じ趣向であるが、本編に入ると原作の「プロローグ」の口上ではなく、『夏の夜の夢』の冒頭場面と同じくシーシアスとヒポリタの婚礼を前にしての台詞と、後半部でのアテネの職人たちの芝居を見るときの台詞が加えられ、『二人の貴公子』の最後では、『夏の夜の夢』と同じくシーシアスとヒポリタの婚礼の夜のアテネの職人たちの劇にかわって彼らのダンスを見ることに変わり、原作のエピローグの台詞も、『夏の夜の夢』のパックの台詞に変えられてこの劇が終わるということで、この二つの劇が円環構造になされているように感じた。
『夏の夜の夢』と『二人の貴公子』を結びつける共通のテーマは「恋」であるが、その恋の火付け役がパック。
『二人の貴公子』でもパックは、ヒポリタの妹エミ―リアに恋する二人の貴公子アーサイトとパラモンに「惚れ薬」の花をいたずらっぽくちらつかせることをその所作で暗示させ、彼女が恋の火付け役でもあるかのように見せたのも一興であった。
エミ―リアをめぐって、従兄弟で親友同士である二人の貴公子が恋の敵同士となって戦うことになり、彼女の愛を勝ち取るのは、「『武勇』のアーサイトか、『愛』のパラモンか」と題して「シェイクスピアノート」に児玉菜美穂さん(文1)が、二人が決闘する際に願をかけるギリシアの神々について言及している。アーサイトは軍神マルスに祈り、パラモンは愛の女神ヴィーナスに祈る。剣の試合に勝ったのは武勇のアーサイトであったが、彼はその勝利に酔った勢いの馬の遠乗りで落馬して命果て、最後にエミ―リアを勝ち取るのは「愛」のパラモンで、愛が武勇に勝るという象徴的なエンディングとなる。
恋ゆえに二人の親友が敵同士になるのも、牢番の娘がパラモンに恋して狂ってしまうのも、「恋をすると、人はおかしくなる」のを表出するが、牢番の娘の狂った姿はオフィーリアを彷彿させた。
上演時間は、休憩なしで1時間40分。
この二つの劇の出演者は、パック(フィロストレイトや医者、侍女なども演じる)に石川なつ美(文4)、シーシアスに西川航平(経営3)、ヒポリタに麻生日南子(農2)、オーベロンに中川大喜(政経4)、ティターニアに渡辺りりあ(政経2)、ライサンダーに澤田陸彦(法4)、ハーミアに田中苑希(文2)、ディミートリアスに小林雅人(経営4)、ヘレナに岡村千春(経営2)、ボトムに高橋奏(文2)、クインスに内田敬宏(文4)、アーサイトに阪上祥貴(総数3)、パラモンに田中悠貴(文3)、エミ―リアに和中みらい(国日4)、牢番の娘に中村春穂(文2)ほか、総勢29名。そして舞台上の楽器隊に17名。キャスト、スタッフのみなさん、全員にエールを贈ってやまない。
学校行事ということで、演目選定はコーディネーターである文学部の井上優教授がやられてきているが、MSPの規模が大きくなって単体での作品上演ではキャスト希望の人たちをさばききれなくなったことから、第10回の『ヘンリー四世』二部作の一挙上演以来複数の作品を組み合わせての上演を続けてきて、単体作品の上演でもキャストの希望をかなえるべく、井上教授は多くの人が舞台に立てることを考えておられる。「必要は発明の母」とも言われるが、それが世界でも初めての試みであろうと思われる『夏の夜の夢』と『二人の貴公子』の一挙上演につながってきた。それでも今回は過去最大の参加者となったこともあり、別途ラボ公演として『短夜、夢ふたつ』が学内公演されたが、残念ながら一般公開されずユーチューブ配信のみとなった。そのラボ公演は、前半がカフカxW.シェイクスピアとして『変身ボトムさん』、後半が樋口一葉xW.シェイクスピアとして『秋の夜の夢―十三夜』の2演目であった。この上演をユーチューブで観て、実際の舞台で是非観たいと思った。これまでにも井上教授の学外活動ではMSPインデックスキャラバン隊などと、シェイクスピア関連のユニークな企画が舞台上演されてきたが、このコロナ禍で中断されており、その復活も望んでやまない。
明治大学シェイクスピアプロジェクトは、学内・父母会・卒業生など幅広い協力と協賛を得て、ますます発展を遂げており、来年は、早くもシェイクスピアの代表作、『ハムレット』が予定されている。
今年、無事に観劇できたことに、感謝!感謝!!そして、今後の益々の発展を祈願してやまない。
今回は、このような状況下ということもあって、その記録と記憶のために出来るだけ関係者の生の声を拾うべく、プログラムから多くを引用させてもらった。
翻訳/コラプターズ(学生翻訳チーム)、プロデューサー/金子真鉱(文学部2年)
演出/養父明音(文学部3年)、監修・西沢栄治
11月4日(金)、○14:00、座席:15列12番/■18:00開演、座席:15列16番
明治大学駿河台キャンパス、アカデミーコモン3F・アカデミーホール
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