2022年観劇日記
 
   麗澤大学・英語劇 『リチャード三世』              No. 2022-022

 この3年間のコロナ感染の影響をもろに感じさせるキャステイング・メンバーの構成。これまで対面授業はおろか入学式にもキャンパスに赴くことも出来なかった影響が如実に出ており、出演者は1年生3名、4年生4名、2年生が1名、そして卒業生の応援が1名の9名で、学年構成としては当然のごとく中抜けの状態であった。また、衣装やメイクなど一連の舞台裏のスタッフも出演者全員が兼ねているというということで非常に厳しい状況を感じさせるものがあった。まだしも幸運と思えるのは、2年間のブランクがあったものの4年生がいる間にこれまで恒例に催されてきた英語劇がやっと開催でき、その伝統を伝えることができたということにつきるだろう。今回の上演はそれだけでも貴重であるものと評価してよいと思ったのが一番の所感である。
 『リチャード三世』はそのまま上演すれば3時間半は最低でもかかる長い劇であるが、出演者の数も限られ、稽古の時間も十分取れないということが考慮されて、登場人物の相関図を、ホリゾントをスクリーンにして映し出し、省略された場面のつなぎには、そのスクリーン上にアップされたヘンリー六世の顔がナレーション役として日本語で劇の展開を物語ることで、これまでに起こったこと、これから起こることが理解できるように工夫がされていた。
 開幕はグロスター公リチャードの独白ではなく、ロンドン塔でヘンリー六世がリチャードに殺されるという『ヘンリー六世・第三部』の結末部から始められ、舞台上手の袖に、ヘンリー六世がロンドン塔で読書をしているところへリチャードが現れ、王はリチャードに向かって彼が生まれたとき不気味な姿をしていたことなど罵って殺され、リチャードはそのヘンリー王の王冠を奪って兄エドワードに与え、兄がエドワード四世として戴冠する。リチャードの独白はこれら一連の出来事の後になされることになる。
 出演者の数の制限からくる工夫の一つとして、リチャードの兄クラレンス公ジョージの殺害者と、エドワード四世の二人の王子の殺害は、リチャードの家臣であるケイツビーによって行われる。リチャードが贈った毒入りのワインでのジョージの殺害は、ワインの樽の中に漬け込まれて殺されることを比喩的にミニチュア化して感じさせるところがあったが、台詞による暗示のみで実際には舞台上で演じられないアンの殺害の場面も可視化させて演じられ、リチャードがアンに毒入りのワインを飲ませて殺害するところは、ジョージの殺害との共似性を感じさせられるものがあった。
 今回の演出でリチャードに次いで重要な大きな役割をしているマーガレットが、呪いの言葉を吐く場面では、演技者の演技と台詞の発声にすさまじいものがあったが、彼女がエドワード四世の王冠をむしり取って代わりに紙の王冠をかぶせるところは、『ヘンリー六世・第二部』で、マーガレットがエドワードの父ヨーク公リチャードの頭上に紙の王冠をかぶせる場面とだぶらせるという趣向が凝らされていた。そのマーガレットが、エドワード王の二人の王子がロンドン塔に送られ、その身を案じる母親の王妃エリザベスとアンの二人の前に現れる場面では、マーガレットが二人に呪いの言葉を吐いた後、三人が共に肩を寄せ合って嘆く姿は原作とは異なった脚色となっていたが、この場面上では何かふさわしいものが感じられた。
 原作では二人の王子の殺害を躊躇したバッキンガム公は殺されることになるのだが、出演者数の少ないこの舞台では、リッチモンドの所に馳せつけて彼の部下となり、リチャードとの戦いの勝利の後、リチャードの王冠をとってリッチモンドの頭にそれをかぶせる役をする。また、リッチモンドがマーガレットの甥ということにされていたのも脚色の工夫の一つであった。その戦いの場面でリチャードとリッチモンドの前に現れる亡霊も、ヘンリー六世、エドワード四世、アンの3人のみであった。
 最後になってしまったが、この劇のタイトルロールを演じたのは、4年生の英語・リベラルアーツ専攻の門馬史朗君で、彼は背丈が普通の大人の半分くらいしかないが、ほとんど出ずっぱりの舞台を、文字通り汗だくで、熱く演じた。
 マーガレットには4年生で日本語・国際コミュニケーション専攻の佐藤由佳が激情ほとばしる形相と激越な発声で演じ、レディ・アンに1年生で英語・リベラルアーツ専攻の田中美鈴(彼女は台詞なしで死ぬだけの役で登場するエドワード四世の次男リチャードも兼ねる)、リッチモンドとジョージの二役を同じく1年生の英語・リベラルアーツ専攻の藤原優太、エドワード四世に4年生で日本語・国際コミュニケーション専攻の柴田彩加、エドワード四世の長男エドワード王子(エドワード王子と同じく、台詞はまったくなく、ただ殺されるだけの役)に2年生で国際交流・国際協力専攻の土田明日香、バッキンガム公に4年生で英語・コミュニケーション専攻の木村太紀、そして殺人者ケイツビーを卒業生でこの英語劇グループの一員でもあった和智太誠君が応援出演。
 始めにも書いた通り、今回は上演することができた、それを観劇することができたという悦び、というそれだけでも大いなる成果だったと、その「よくやった」という労苦に賛辞の拍手を贈りたい。

 

脚色/ギャビン・バントック、演出/マーウィン・トリキアン、演出補佐/佐藤由佳
10月29日(土)17時30分開演、麗澤大学・プラザホール


>> 目次へ