2022年観劇日記
 
   戯曲組 第5回公演 『令和X年のオセロー』           No. 2022-017

~予め死んでいる女たち、あるいはデスデモーナマシーン~

 メッセージ性の強いタイトルとサブタイトルに惹かれて、普段は先に見ることをしない、観劇前にこの劇団のホームペイジをインターネットで確認しての観劇。
 劇団名の「戯曲組」については「等身大の人間対人間のコミュニケーションや表現について提案する演劇的芸術創作ユニット」とあり、昨年は『令和X年のハムレット~オフィーリアは何故死ななければならなかったか~』を公演。そして今回の『令和X年のオセロー』では、「本年60歳を迎える(作・演出の)吉村元季がデズデモーナを演じることで三大差別(レイシズム、セクシズム、エイジズム)の全てを乗り越える試み」とあった。
 そしてこの劇のコンセプトとして「女性はこうあるべきと定められた美しさを象徴するトゥシューズを履いた」デズデモーナに、「伝統的な美しさに憧れながらも、社会の構造によって与えられたジェンダーロールに苦しむ女性は多い。まずは一度脱いでみませんかという提案、女性が美しく死ぬことへの悲劇性によるドラマの形成を批判的に考える」と記してあった。
 「デズデモーナマシーン」という表現のサブタイトルから感じたのは、シェイクスピアの『オセロー』解体の劇ではないかということであった。そしてその予想はある意味であたっていた。しかしながら、劇を観る時はこれらすべてのことを忘れて観たが、原作の解体はこの劇のオープニングとエンディングに感じ取った。
 開演前から、舞台上にはバレーの衣装を着けた女性二人がいて、一人はモップを持って床を拭いてまわり、もう一人の女性は雑巾がけをしている。そこに一人が加わって、雑巾がけの不備を指摘する、などがある。しばらくして音楽が変じ、開演の合図もなく舞台奥から背中合わせで女性二人がバレーを踊りながら登場してくる。
 舞台全体は暗い色調で、ホリゾントは黒で、その中央部は白い布で仕切られていて出入り口ともなっている。
 背中合わせの女性は後で分かることだが、一人はデズデモーナの話の中に登場する小間使いのバーバラで、もう一人はデズデモーナ自身である。その後、デズデモーナは眠りの世界に陥る。
 デズデモーナが目覚めた世界は異界のようで、彼女は、自分がだれであり、何処にいるかも分からない。夢幻の世界のようである。やがて、エミリアが現れ、デズデモーナは彼女から、胴に束縛の表象であると思われる青色の布状のコルセットをはめられる。そして彼女はエミリアによって自分がデズデモーナであることを知り、エミリアはデズデモーナに「見ない」ことを助言する。
 そこへ一人の男が現れ、彼がオセローであることを知ってデズデモーナは彼に惹かれる。そこから本編『オセロー』の物語りが始まっていく。
 登場人物にはそれぞれ異なる様式性が課せられているようで、それがある種の緊張感を醸し出す。
 バレーの衣装の3人の女たちは、舞台上に常にいて、時に「観る人」であり、時にコロスとして台詞を唱和する。
 イアーゴーは舞台正面を向いて直立不動の姿勢で無表情な語り口で語り、ザンバラ髪で髭もじゃのロダリーゴーは、歌舞伎役者のような見栄を切り、大げさな台詞回しで、狂言回しの役柄のようである。
 デズデモーナを演じる吉村元季は、感情を抑えていてその表情をほとんど変えず、予め年齢を知っていただけにその容姿がとても信じられないほど若く見え、声も若く、清楚で澄んでおり、その声の美しさは、劇中歌で歌われる「柳の唄」でも魅了させられた。
 エンディングでは『オセロー』が解体され、すべてを解放する歓喜の踊りが女たちによって踊られる。
 オセローに殺されたデズデモーナのトゥシューズをエミリアが脱がせ、彼女を束縛から解放する。そして、「見ない」ことを助言したことが誤りで、「見る」べきであると言うべきであったと反省の言葉を語る。
 オセローは、デズデモーナを絞殺したベッドの下に敷かれて女たちによって抑え込まれ、女たちは狂ったようにその周りを踊りまわる。一方では、オセローやイアーゴーから戦場を知らないことを批判されていたキャシオーが、意気地なしと言われても戦場に行かなかったことを自己肯定する台詞を語る。この台詞は、女たちの差別からの解放だけでなく、男としての「男らしさ」という束縛からの解放をも意味しているように思われた。
 二階のギャラリーから、女神が踊り狂う女たちの頭上に、祝福の紙吹雪を撒く。すると、舞台奥のホリゾントの中央部に「免罪符」と書かれた大きな白い垂れ布がさっと垂れ下がる。撒き散らされた紙吹雪は「免罪符」であった。
 そして、一同、踊りながら退場して幕となる。
 出演は、「過去の女達を内在した役割を持つ女、バーバラ」の役に有森也実、デズデモーナに吉村元季、オセローに西本泰輔、イアーゴーに白木原一仁、キャシオーに鈴木一希、ロダリーゴーに佐々井隆文、エミリアに中山侑子、他に女神とコロス役としての女たち4名、それに、ブラバンショーの声の出演に渡邊哲。
 上演時間は、90分。
 奇妙で不思議な体験を味わった気分であった。もちろん、よい意味で。

 

作・演出/吉村元希
9月3日(土)13時開演、吉祥寺シアター、チケット:5000円、
座席:(整理番号25番)B列13番


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