2022年観劇日記
 
   板橋演劇センター特別企画Vo.5 実験劇場
      『ヴェニスの商人』より「アントーニオ」・「シャイロック」 
 No. 2022-014

 このところ連日、全国で20万人を超す新型コロナウィルス・コロナ感染者数で、いずれかの都府県で過去最多を毎日更新する第7波の真っ最中の中での嬉しい公演案内であった。
出演者の顔ぶれの中に、今年95歳になっている岡本進之助の名前や劇団AUNの星和利の名前があり、それだけでも楽しみな期待の公演であった。
 今回の公演は「特別企画」と銘打ってあるが、これは2020年のコロナ感染で、当時公演予定であった『終わりよけれすべてよし』が中止となり、その代わりに特別企画として『サー・ジョン・フォールスタッフ~この滑稽な臆病騎士の物語り』が上演され、11月末になって『終わりよければ』の本公演を打つことができたものの、その後も新型コロナの感染で、2021年には、特別企画として『シャイロック』と『フォルスタッフ』の2本立てを、舞台上に観客席を設けたステージONシアターとして上演している。
 今回は、コロナの影響に加えて、いつも利用している板橋区民会館の小ホールが大ホールと共に耐震補強工事で今年の2月から9月まで使用できないということで、同会館の4階大会議室を使っての上演となった。
 大会議室はおおよそ10メートル四方の空間で、フラット・ステージを演技エリアとし、その周りの壁際四方を観客席にしているので、演技者は全方向から見られることになる。
 実験劇場としての試みは単に会場だけででなく、『ヴェニスの商人』のシャイロックとアントーニオにそれぞれ焦点を当てて、アントーニオの慈悲の問題と、シャイロックがいつアントーニオに殺意を抱いたかを考察するという試みの実験劇場となっているのが特徴でもあった。
 その実験の最大の特徴とも言えるのは、『アントーニオ』と『シャイロック』で、主役の役をそれぞれ入れ替えての上演というところにもある。
 『アントーニオ』ではシャイロックを星和利、タイトルロールを遠藤栄蔵、そして『シャイロック』ではタイトルロールを遠藤栄蔵、アントーニオを星和利が演じる。その他の登場人物は、他の出演者がどちらの演目でも同じ役を演じる。どちらも1時間足らずの上演時間で、演じられる場面は後半部の「法廷の場面」をどちらも中心のハイライト場面として、前半部のみがそれぞれの主人公を中心にした場面を選んでいる。
 具体的には、『アントーニオ』が1幕1場、1幕3場、2幕8場、3幕2場、3幕3場、そして4幕1場(法廷の場)、『シャイロック』が1幕3場、2幕5場、2幕8場、3幕1場、そして3幕3場、4幕1場という構成になっている。
 アントーニオの慈悲については4幕1場の法廷の場、シャイロックの殺意が生まれるのは3幕1場の、シャイロックが娘のジェシカの駆け落ちを知り、とアントーニオの積荷を積んだ船が難破した知らせを聞いた時だとして表出する。もっとも劇を観ているときにはそんなことなど一切考えずに、出演者の演技そのものを楽しんで観た。
 このコロナ禍で、稽古の時間と場所も十分に取れていないのがはっきりと分かるほど、最初の『アントーニオ』では特にその徴候が表れていたが、大会議室という演劇空間がこの劇を「立ち稽古」を見ているような感じにさせて、観客である自分も参加しているような気分で観劇しているので、台詞の忘れや、言い間違いはまったくというほど自分には気にならなかった。むしろ愛嬌でもあった。95歳の岡本進之助は途中台詞を完全に忘れてしまい、アンチョコを引き出してそれを見ながらという状態であったが、むしろそれがほほえましくもあった。しかし、次の『シャイロック』では同じ場面での台詞をしっかりとこなしていたのはさすがであった。
 こんな失敗も許されるのは、フラット・ステージで観客と演技者の目線の位置が同じで、一見ワークショップのような感じであるからかも知れない。
 岡本進之助の95歳は別格としても、主演の遠藤栄蔵が今年72歳、その他の男性出演者もほとんどが60歳以上の高齢者、それに対して女性陣は20代、30代と若かった。
 アントーニオの慈悲について考えさせられたのは、シャイロックへのキリスト教徒への改宗の問題であった。
 信仰の自由、心の自由という点から考えると、慈悲というより残酷といえる。
 この問題に関しては、当時のイギリスの宗教問題で、カトリックを禁じ国教徒への改宗を強制したことを考えさせられる。表面的には改宗したように見せても「隠れカトリック」が多くいて、シェイクスピアについてもそのことに関する本が出ているくらいである。シェイクスピアは、この国教への改宗問題をシャイロックに託して寓意化したのではないかとさえ思った。
演出は解釈の一つでもあり、観劇も新たな発見を楽しむものであることを改めて感じさせられた。
 コロナ禍というハンディキャップを逆手に、新たな試み、実験という、ピンチをチャンスにした上演だと感じた。
 出演は、シャイロックとアントーニオを演じた星和利、遠藤栄蔵のほか、バッサーニオの加藤敏雄、テューバルの松本淳、公爵の岡本進之助、ポーシャの鎌博子(『シャイロック』ではランスロット役を兼ねる二役)、ネリッサの近藤由香梨(『シャイロック』でジェシカを兼ねる二役)、書記役に翔子、サリーリオに嘉向三樹夫、サレーリオに大偉(男性陣では唯一の若手)の10名。
 演出と主演の遠藤栄蔵の、シェイクスピアをこよなく愛する気持ちが伝わってくる心温まる舞台で、シェイクスピアを楽しむ喜びをともにすることができる舞台であった。

 

訳/小田島雄志、構成・演出/遠藤栄蔵
8月6日(土)18時開演、板橋区民文化会館大会議室、料金:2000円、全席自由


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