2022年観劇日記
 
   ジョエル・コーエン監督・映画 『マクベスの悲劇』           No. 2022-001

 真っ暗な画面から聞えてくる魔女の台詞で始まる。魔女の姿は見えず、声だけが画面上から聞こえる。
 その魔女の台詞が終わると今度は真白な画面となって空が一面に広がり、空高く、鳶か鷹が緩やかに円を描いて飛ぶ。次に映し出されるのは、荒涼とした砂漠のような白い風景。そして一人の兵士がゆっくりと画面の前方を目指して歩いてきて、彼を待ち受けているダンカン王にノルウェー軍との戦況を報告する。
 画面は淡々と切れ目なく次のシーンへと移っていく。
 これまで弟のイーサン・ジョエルと共同で作ってきた映画を今回初めて単独で監督するジョエル・コーエンの『マクベス』はこのようにして始まる。
 マクベスとバンクオーの前に現れる魔女は最初一人であるが、二人の前でその魔女が分身して3人の魔女となり、二人の前から空気の中に消えた後、カラスが飛び立っていき、魔女の正体があたかもカラスであったかのように暗示する。
 細長い回廊を歩きながらマクベスからの手紙を読み終えたマクベス夫人は、証拠の痕跡を消すかのようにその手紙を蝋燭の火にかざして燃やす。手紙は燃えながら、星空の虚空へと高く、高く舞い上がっていく。
 ダンカン王の殺害は、マクベスの気配に目を覚ました王の口をふさいで喉を突き刺すところまで映し出される。
 バンクオーの暗殺には二人の殺し屋の前にロスが現れ、彼らに加担する。暗殺の手を逃れて草むらに隠れているフリーアンスを見つけ出したロス、それを恐怖のまなざしで見つめるフリーアンス。
場面はそこで次へと移る。
 マクベスが王位に就いたことを祝う祝宴がバンクオーの亡霊におびえて台無しとなった後、マクベスは魔女を訪れることを決意するが、3人の魔女は、彼の城の梁の上の頭上高い所から彼を見下ろしていて、城の床面が池となって、頭に王環を付けた少年フリーアンスのような顔が映し出され、彼の口からマクベスの問いに答えられる。
その予言が終わって3人の魔女が消え去った後、カラスが3羽、城の窓から飛び立っていく。
 マクダフの城が襲われる前にマクダフ夫人の前に現れ、危険を知らせるのもロス。しかし、彼は知らせるだけである。
 王位に就いたマクベスを祝う祝宴を境にマクベス夫人は罪の意識に苛まれるようになり、最初の徴候は、彼女の髪が抜け落ち、抜け落ちた髪を手にして見つめるところから始まる。
 その彼女の死を見つめるのもロスである。しかし、その死が自殺であるか、あるいは事故であるのか、またそばにいたロスの手によるものであるのかは分からない。
 ただ、彼女の死体が階段の下に横たわっているのが見えるだけである。その死体を見つめるマクベス。
 マルカムに決起を促すためにイングランドに赴いたマクダフを追ってロスがやって来る。
 マクダフがマクベスを倒したとき、マクベスの王環が空中高く舞い上がるが、それを拾ってマクベスの首と共にマルカムの所に届けるのはロスである。
 スコットランド王となったマルカムを祝う喚声を後にして、ロスはバンクオーを襲った地へと急ぎ、そこで番をしている老人に金貨を渡し、フリーアンスを引き取る。
 ロスはフリーアンスを馬に乗せて共に去っていく。
 その後、いっせいにカラスの大群がザワザワと飛び立って終わりとなる。
 この映画では、最初の負傷した兵士が歩く道、マクベスとバンクオーとが戦地から歩いて戻る道、バンクオーとフリーアンスが襲われる場所の道、そして最後のシーンのロストフリーアンスが去っていく道など、数々の印象深い道が特徴の一つとなっている。
 シロクロのモノクロ映画として最大の特徴となっているのは、監督自らが認めているF. M. ムルナウ監督のドイツ表現主義の影響を受けている照明。照明が産み出すコントラストが緊張感を高める。
 主演のマクベス、マクベス夫人にもましてこの映画で重要な位置づけをされているのが感じられるのは、目撃者、証人としての役割を担っているロスである。彼の挙動が一種のサスペンスを生み出しているのも特徴の一つであった。
 出演は、マクベスにデンゼル・ワシントン、マクベス夫人にはジョエル監督の妻であり、舞台でマクベス夫人を演じたこともあるフランシス・マクドーマンド、魔女にキャスリン・ハンター、バンクオーにバーティ・カーヴェル、マクダフにコーリー・ホーキンズ、ダンカンにブレンダン・グリーン、マルカムにハリー・メリング、そしてロスにはアレックス・ハッセルなど。
 ストイックで緊張感にあふれる映画であった。
 アメリカ映画。上演時間は105分。

 

脚本・監督/ジョエル・コーエン
1月2日(日)、新宿ピカデリー、料金:1800円


>> 目次へ