この2年間、新型コロナウィルス感染の関係で演劇の上演が激減したうえ情報も少なくなっていて、この公演も出演者の一人からの案内で知ったような状況で、そうでなければ見逃すところであった。
今回、【蓮X歌】旗揚げ公演となっているが、プログラムの対談の内容によれば、この作品は3年ほど前に一度上演されており、出演者の一部も今回と違った役で出演していたということである。
今回の旗揚げ公演にあたってはWhite組とBlack組という二組のダブルキャストとなっており、それぞれが昼夜4回ずつ、合わせて8回の上演で、自分は初日のマチネ、Black組を観劇。
シェイクスピアは、種本をもとに換骨奪胎、自由自在に筆をのばして新たな世界を紡ぎだしているが、今日シェイクスピア劇を上演する場合、シェイクスピアを忠実に再現することも一つの方法であるが、シェイクスピアを新たに見直し再構成する試みも一つの方法であると思う。
『新編 ロミオとジュリエットー薔薇名の名はー』は、その後者の秀逸な試みの一つであった。
オリジナルを巧みにミステリアスに変容させ、次がどうなるか、ワクワクドキドキの展開に息が抜けなかった。
冒頭のシーンからしてこれまで観てきたロミジュリとはまったく異なっていて、観客席を含めて真っ暗な舞台に、激しい雨の音だけが聞え、続いて雷の音がし、その音が一旦静まったところで黒い衣装姿の女性が3人現れ、その雷雨のなかを乱舞する。
舞台の両サイドに、垂木を組み合わせた木の櫓に、フードをかぶった修道士姿の男が二人鎖で縛られており、黒い衣装のダンサーたちはその周りを踊りながら二人の鎖を解き、剣を渡して戦わせる。
二人の修道士の剣の戦いとダンサーたちの踊りが交錯し、やがて一人の修道士が他の一人の修道士の胸に剣を突き刺したところで場面は暗転する。
この衝撃的な冒頭場面は、劇の進行に従って3人のダンサーが、『マクベス』の魔女の場面と重なっていることを想起させる。
この劇にはこの3人の魔女風のダンサーだけでなく、『マクベス』のトモロ―スピーチの中の一節、「消えろ、消えろ」の台詞や、リチャードがアンに剣で自分を刺すように促す『リチャード三世』と酷似する場面もあり、シェイクスピアの他の作品の場面を巧みに織り込んでいるのも特徴の一つであった。
この劇の最大の変容の特徴はその登場人物にもある。
キャピュレット家の娘として登場するのはロザラインで、ジュリエットは生まれたとき、モンタギュー家との争いから守るために男の子として隠して育てられ、自らはティボルトと名乗っていて、本来のティボルトはキャピュレット家の荒くれ者という設定とされている。
キャピュレット家の名前のない乳母は、乳母の亡くなった娘の名前のスーザンとして登場し、年齢は19歳に設定。
キャピュレット家の夫人は登場せず、本来夫人の台詞や役目もキャピュレット卿がこなし、一方のモンタギュー家は当主のモンタギューが登場せず、代わって夫人がその役割を果たすという、オリジナルとは交錯した人物設定となっている。
『新編ロミジュリ』で重要な役割を担うのは大公で、劇の後半部になってきて、彼の陰謀めいたミステリアスな行動のすべてが要因となっていることが暗示され、大公の存在が重きをなしている。
話は戻るが、ロミオが舞踏会で一目惚れするのはキャピュレット家の娘としてのロザラインで、男装のジュリエットは庭園で出会ったロミオと剣で戦うが、やがては彼に恋してしまった自分に気づく。
マーキューシオがティボルト(キャピュレット家の荒くれ者で、本来のティボルト)に殺され、ティボルトはロミオに殺され、ロミオはロザラインの身内を殺した償いに、彼女に剣を渡して自分を殺してくれと言う(この場面が例の『リチャード三世』と同じ)。
ロザラインは身内を殺されたことでロミオとの結婚に躊躇を感じるが、そばにいるジュリエットはロミオへの恋心に火がついて微妙な立場となる。
パリスからのジュリエットへの求婚にキャピュレット卿が承諾したことで窮地に立ったジュリエットは、神父の元に訪れ、神父から授かった仮死状態とする毒薬を飲む。
モンタギュー家の召使エ―ブラハムが追放の身となったロミオに、ロザラインの消息ではなくジュリエットが死んだことを知らせ、彼女の手紙を渡す。
ロミオはその手紙を読んでジュリエットの気持を知って、彼女の眠る墓場へと急ぐ。
墓場にはロミオに殺されたティボルトも眠っているが、そのティボルトが起き上がって二人は再び剣を交え、ティボルトは再び倒れる。
そこに来合わせたパリスから、ロミオは彼が薬屋から買った毒薬を飲まされる。
仮死状態から目覚めたジュリエットは、死んだロミオに気づき、そばにあった残りの毒薬を飲みほし、ロミオの上に倒れ伏す。
駆けつけた大公、キャピュレット、モンタギュー夫人ら一同が立ち去った後、倒れ伏したロミオの手があがり、指が天を指すように見えたところで舞台は暗転する。
しばらくして、カーテンコールとして出演者が入れ替わり登場して拍手で送りだされた後、再び舞台は暗転する。
そして、ロミオとジュリエットの二人が静かに立ち上がり、誰もいないとつぶやき、またも暗転。
ここで舞台は終わったと思われたが、死んだはずのティボルトが立ち上がり、薬屋の場面に立ち戻って、薬屋に毒薬でなく仮死状態となる薬をロミオに渡すように指示をし、ジュリエットの手紙を書いたのは彼であったことを語る。
劇の後半部がこのように入り組み、そのミステリアスな展開に頭が錯綜して、話の筋を必死に追っていく面白さに引き込まれていく。
まったく新しいロミオとジュリエットの物語の面白さを堪能させてもらった。
Black組のキャスティングは、ロミオに千綿勇平、ジュリエットに西村美咲、ロザラインに筒井咲惠、ティボルトに滝沢亮太、マーキューシオに成沢心、大公に鈴木吉行、キャピュレットに大嶋芳宗、モンタギュー夫人に一司ゆか、神父に南武杏輔、ほか、ダンサー3名含め、総勢20名。
プログラムにある対談によれば、ヒーロー、ヒロインなどのダブルキャスティングは真逆のタイプだということで、両方の観劇ができれば、それもまた一興かと思う。
出演者の中で、板橋演劇センターでシェイクスピアの37全作品に出演した鈴木吉行がいて、若い俳優たちの中でどっしりした存在感と、いつまでも変わらない台詞発声の若々しさと迫力に感心し、また、3年ほど前に『マクベスー呪縛―』の演出・主演をした滝沢亮太が元気に活躍している姿を見て喜ばしく感じた。
長い間シェイクスピア劇を見続けていると、その時々に舞台で出会った俳優が元気に活躍し、健在な姿を見ることができるのは何よりもうれしい。
上演時間は、休憩なしで2時間。
脚本・演出/時雨らら、音楽/印南俊太郎、舞台美術/南武杏輔
8月5日(木)14時開演、中野・ザ・ポケット、料金:6500円、座席:F列8番
|