高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   インクルーシブ・シアタークリエイション・プロジェクト
 日・英・バングラデシュ3カ国共同事業 『テンペスト~はじめて海を泳ぐには』 
No. 2021-005

 観劇当日のプログラムと合わせて折り込まれていた「『テンペスト』制作現場から」によると、この劇は2020年に上演される予定が、新型コロナウィルスによる世界的蔓延によって延期となって今回改めて上演されることになったものの、皮肉にも東京は現在も緊急事態宣言延長の真っただ中、総合演出のジェニーも来日できず、出演者の英国とバングラデシュの俳優たちも映像での出演となった。
 そのため、今回は身体的障害のみならず、言語、距離、時間(時差)の障害も加わっての新たな挑戦となった。
 何よりも変ったのはコロナ感染による上演延期に伴って、シナリオが大幅に書き換えられたことであろう。
 オリジナルのシナリオの内容を知る由もないのでその違いを述べることは出来ないが、コロナの影響でバングラデシュの俳優たちが映像を通して出国できない様子などが語られるところなどは、現在の状況を反映してリアルに伝わってきた。
 興味深かったのは出演者たちの自己紹介であった。
 英国の俳優3名の出身地が、スコットランド、ウェールズ、そしてロンドン在住の英国系ナイジェリア人と、同じ英国人ながらも異なる地域の出身者であることにその多様性を感じた。
 日本の出演者では、聾啞者と聾者、視覚障害者、足に障害をかかえた女性、そして交通事故で高次脳機能障害となってリハビリで舞台復帰した男優など。その中でも注目されたのが、4年前に観劇したサインアートプロジェクト・エイジアンの代表者で、『夏の夜の夢』ではパックを演じた大橋ひろえ。彼女は今回演出の担当とともに、劇中のヒーローとしてキャリバン役としても登場。
 舞台は、公演にこぎつけるまでの約1か月、日本人出演者を中心にした稽古の様子が演じられていく。
 聾唖者の田代英忠がヒデとしてプロスペロー役、視覚障害者で目が全く見えない関場理生がジョニーとしてミランダ役、高次脳機能障害の柳浩太郎がヤナギとしてファーディナンド役、聾唖者の平塚かず美がバンダナ(頭にバンダナを付けていることから)としてナポリの女王アロンザ、人工関節の瀬川サチカがサチカとしてエアリエル、そして聴覚障害のある母に育てられ手話を自由にできる吉冨さくらがサクラとして劇中のステージ・マネージャーを演じる。
 映像出演の英国とバングラデシュの俳優たちは、割り当てられた役以外の人物を望み、特にバングラデシュの俳優二人は、ステファノとトリンキュロ―の喜劇的役柄を嫌ってその役をやろうとしないので、総合演出のジェニーに調整が求められる。
 劇中の登場人物が一部男性から女性に変えられているのも特徴の一つであった。
ナポリ王のアロンゾ―がアロンザと名前が女性形に変えられ女王に、プロスペローの弟アントーニオもアントーニアと女性名でプロスペローの妹に変えられている。
 その性変換に対してヤナギは、フェミニズムでいくならプロスペローも女性に変えるべきではないかと意見を出し、ジェニーの意図がどこにあるのかが問題にされる。
 日を追うごとに稽古は進み、『テンペスト』の部分々々の場面が寸劇的に演じられ、後半に入ると衣装合わせも出来てくる。 
 稽古も終盤になってジェニーから今回の公演も上演できないというメッセージが入ってくるが、この公演と同じように無事上演へとこぎつける。
 稽古中に聾唖者であるヒデのプロスペローの台詞にボイス・オーバーを付けることを思いつき、それを稽古中に実践して総合演出のジェニーに感想を求めた時、彼女が「ほかの人に聞いて」と答えたので、映像では普通に話していたので気づかなかったが、その時初めて彼女も聾者であることを知って驚いた。
 意外性ということについては、演じさせられた本人も驚いたという視覚障碍者の関場理生が、劇中一人でダンスを踊ったこともその一つであった。
 タイトルに付いている「はじめて海を泳ぐには」は、劇中、ジェニーが「泳いでみたい」という台詞を吐く場面があり、劇の最後の場面で、『テンペスト』出演の日本の俳優たちが全員、足ひれとゴーグルをつけて登場し、ビニールカーテンの海に飛び込む姿を想像させて象徴的な終わり方をすることで表象化していた。
 素材と色、形の異なる6脚の椅子と、両サイドに3枚の対になるパーティションの装置が、劇中で巧みに活用されていたのも特筆すべき点であった。
 様々な障害を乗り越えての稽古姿に感動したのと、手話によるパーフォーマンスのすばらしさを感じさせる舞台であった。
手話によるパーフォーマンスについては、サインアートプロジェクト・アジアン代表の大橋ひろえの、手話パーフォーマンスを通し、「愛」、「感動」、「夢」を伝えたいという思いに、改めて感じを新たにした。
 今回の上演は本番に至るまでの稽古場風景であるが、この出演者たちによる本番『テンペスト』をぜひ見てみたいと思い、その願いがかなえられる日が来ることを期待している。
 上演時間は、休憩なしで1時間45分。

 

テキスト/W. シェイクスピア、パメラ・カーター、テキスト翻訳/永田景子、原作翻訳/松岡和子
総合演出/ジェニー・シーレイ、演出(日本)/大橋ひろえ、岡康史、美術/大島広子
6月5日(土)13時開演、東池袋・あうるすぽっと、チケット:5000円、座席:B列7番

 

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