新型コロナウィルス緊急事態宣言下での上演。
この事態に備えて本公演予定の『ヴェニスの商人』を『シャイロック』として短縮していたが、上演時間が1時間弱ということで、昨年同じようにコロナの影響で『終わりよければすべてよし』を急遽変更して、ステージONシアターとして上演した『フォールスタッフ』と抱き合わせての公演としたものの、直後にこの緊急事態宣言でその『フォールスタッフ』の稽古の場所もなくなってしまったが、幸い、仲間内の協力で稽古場の確保は出来たというものの、十分な稽古ができなかったという。
正規の『ヴェニスの商人』本公演が見られなくなったのは残念だが、このような代わりの特別企画を観劇できるというのも別の悦びがある。
●act 1 『シャイロック』
シャイロック登場の場面を軸にした構成で、最初はバッサーニオがシャイロックに3千ダカットの借金を頼みに行く場面、続いてランスロットがジェシカに別れを告げ、シャイロックが宴会に出かける前の場面。
そしてヴェニスの路上でサレーニオとサリーリオが登場し、アントーニオの船が難破した噂やジェシカとロレンンゾーの駆け落ちの話をしているところにシャイロックが現れ、「ユダヤ人には目がないか?手がないか?」の有名な台詞へと続き、法廷の場へと移る。
最終の場面で大きなひねりがあり、書記役のネリッサがシャイロックの署名を求めてその自宅を訪れる。
シャイロックは署名する文章を声に出して読み上げた後、「キリスト教徒に改宗したシャイロック」と言って署名し、最後に一言、「アントーニオはいいやつだ」と言って舞台は暗転する。
この最後のシャイロックの台詞のつけ加えが、こよなくシェイクスピアを愛す演出者、遠藤栄蔵の心の温かみを感じさせた。
舞台の最後に遠藤栄蔵の挨拶で、今回バッサーニオ役で出演予定の近藤将大が事故による負傷の為、本番前に降板し、そのために本来の役の入れ替えがあったことの釈明がされた。
サレーニオとサリーリオ登場の場面だけ出演者が台本持ちであった理由がそれで分かったが、急遽バッサーニオ役となった西岡磨央ははつらつとした演技で代役だと感じさせなかっただけでなく堂々として大変良かった。
出演は、シャイロックに遠藤栄蔵、アントーニオに加藤敏雄、テューバルに松本淳、公爵に森奈美守といった板橋演劇センターおなじみのメンバーに加え、バッサーニオの西岡磨央、ジェシカのにせん、ポーシャのめけて、ランスロットの実川太一というシェイクスピア劇初めての参加者に加えて、ネリッサに鎌博子、合わせて9名。
上演時間は、1時間弱。
●act 2 『フォールスタッフ』
出演者は『シャイロック』のメンバーと同じ。従って半分は昨年の登場人物とは異なっている。
観客はオンステージの舞台上は、何もない『シャイロック』からオンステージに「二重」の舞台。
今回は2部立てということで、前回の1時間半の上演時間を15分ほど短縮し、且つリーディング形式としているが、実際には一部本は持っているものの、ほとんどが通常の舞台演技をしていた。
シェイクスピア劇で遠藤栄蔵がこれほど一人で喋ったことがあるだろうかというほど、出ずっぱりで台詞の途切れる場面がほとんどなく、終るとくたくたになってしまうと遠藤がマエセツで言っていたが、見ている自分までが疲れてしまって途中何度か眠ってしまった。
内容的にはカットを除けば前回と同じであるが、前回のタイトルが『サー・フォールスタッフ~この滑稽な臆病騎士の物語り~』となっていたのと、前回は『終わりよければ』の代わりの上演ということで、最後に『終わりよければ』のエピローグをフォールスタッフに語らせていたが、今回それがカットされていた点が大きく異なっていた。
この劇は前回同様に、終わりがいい。
ヘンリー五世となったハル王子に拒否されたフォールスタッフが最初の場面と同じように、舞台上の木の寝台(ベンチ)に寝入ってしまうと、この劇の始まりの部分と同じように、寝ているフォールスタッフを呼び起こす声がしてくる。しかしその声は、最初の時とは異なって、ヘンリー五世のフランス遠征に同行できない病に臥せったフォールスタッフをみんなが呼び起こす場面となっていて、彼はみんなの声を聴きながら幸せな顔をして天国へ昇っていく仕草で終える。
この場面を観終えるとホントにこころが温まる気がしてくる、実にいい場面だ。
出演者は『シャイロック』と同じで、フォールスタッフに遠藤栄蔵、王子ハルに鎌博子、王ヘンリー四世とシャロ―判事に加藤敏雄、松本淳が前回同様、フォールスタッフらに襲われる旅人役ほか、ウエスモーランド伯、高等法院長、それにモールディやシャドーなどの徴集兵5役を声色を変えて奮闘、クイックリーと勲爵士コルビルを森奈美守、バードルフを実川太一、ピストルなどを西岡磨央、王子ジョンににせん、めけてが小姓とフォールスタッフのプロンプターを務めた(プロンプターを舞台上で観るのは初めてで非常に興味深かった)。
この2つの劇を観て一番感じ入ったのは、今回シェイクスピア劇初参加のメンバーが生き生きと溌溂と演じていたのが新鮮で、観ていても大変気持ちがよいことだった。
オンステージの30席ある客席がほぼ埋まっていて舞台にも活気があり、演劇は観客とともに作られるということをしみじみ肌身に感じた舞台であった。
翻訳/小田島雄志、構成・演出/遠藤栄蔵
5月23日(日)13時30分開演、板橋区立文化会館・小ホール
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