高木登 観劇日記2020年 トップページへ
 
   板橋演劇センター特別企画 『サー・ジョン・フォールスタッフ』     No. 2020-013
 

~この滑稽な臆病騎士の物語り~

 本来は『終わりよければすべてよし』の公演予定を、コロナ禍で変更しての上演。
 3密を避けるため出演者の数が制限されることと、集まって稽古する時間が制約されるための窮余の策としての特別企画。
 すべての舞台公演が中止されてから初めての観劇であるが、この板橋文会館においても自粛解禁後最初の舞台公演という。
 すべてが異常の中で受付もこれまでと異なり、手のアルコール消毒と検温、そして連絡用の住所氏名、電話番号を記入。開場時間もいつもの開演30分前から20分前に変更(実際には15分前に入場)。
 ロビーで待つ間、本日の出演者の一人である加藤敏雄氏が受付案内係として観客の対応をしていたが、一番に来られていた年配の女性が加藤氏に語っていた内容が印象的であった。
 その女性は大病で生死をさまよわれたが、もう一度芸術を鑑賞したいという気持ちが生きる気力となって回復されたと言って、この日観劇ができることを心から喜ばれていた。

 『ヘンリー四世』二部作のフォールスタッフに関連する場面だけ取り上げても2時間半を超えてしまうのでカットして構成し、遠藤栄蔵が演じるフォールスタッフ以外の登場人物は、他の4人の出演者が複数の役をかけもちして演じた。
 サブタイトルにあげている「この滑稽な臆病騎士の物語り」の、「物語」でなく「物語り」というところですべてを語っている。
 闇の中からサー・ジョン・フォールスタッフのいびきの音、そのジョンを呼ぶ仲間の声が飛び交うところから舞台は始まり、目覚めたジョンがハル王子に今晩の追いはぎ強盗に誘う場面となる。
 この劇の最後の場面を観るときになって、その構成の秀逸さを感じさせられることになる。
 ハル王子が晴れてヘンリー五世として国王となったその戴冠式の行列の場で、ジョンは王子からお前など知らぬと突き放されるばかりでなく、高等法院長からはフリートの監獄へと連行されることになる。
 「私は長いあいだおまえのような男の夢を見ていた」というハル王子の台詞の代わりに、ジョンがこの場面で最初の眠りの場面に戻って、眠っている彼を呼ぶ声が最初と同じように繰り返される。
円環構造をなしているのだが、この構成の秀逸さはそこで終わらずにハル王子の台詞をフォールスタッフに体現させたところにあり、これまでのことは彼の夢のような出来事であったことを暗示させ、『ヘンリー四世』から次の『ヘンリー五世』のフォールスタッフの運命を語らしめることになる。
 『ヘンリー五世』では、ジョンの仲間、ピストルやバードルフたちがヘンリー五世のフランス遠征に付き従っていくことになるが、そこで活躍するはずになっていた瀕死の状態のジョンの足は石のように冷たくなってうわごとばかり言っている。
 ジョンは夢の中で、ハル王子と過ごした過ぎし日の楽しさにひたっているのだった。
 「ジョン」、「ジョン」と呼ぶ声を聴きながら、フォールスタッフはベッドから立ち上がって両手を天に向かって伸ばし、天へと飛翔していくようにして楽しそうな顔をしている。
 このフォールスタッフの表情を見ていると心が晴れ、救われた気分になるだけでなく、観劇の喜びで心に躍動感を抱かせてくれ、まさに心躍る場面であった。
 『ヘンリー四世』を円環構造としていったん閉じたうえで、『ヘンリー五世』へと再び開いていく構成となっているが、最後は『ヘンリー四世』のエピローグの台詞をアレンジした口上を遠藤栄蔵が語って終わる。
 他の4人の出演者は複数の役を演じる関係もあって台本を手にしていたが、コロナ禍で十分に稽古をする時間を取れなかったとしながらも主演の遠藤栄蔵は、途中1回プロンプターの助けが入ったものの台本を持たないまま通して演じ、途中の台詞のつまずきも多少あったが、それはフォールスタッフの役柄にむしろフィットしていた。
 他の4人の出演者と主な役柄は、加藤敏雄がバードルフやヘンリー四世、松本淳がおかみや、パーシー、高等法院長、徴兵候補者のシャドー、ウォート、フィーブル、ブルカーフ、それにジョン王など、桑島義明がハル王子やヘンリー五世、深澤誠がポインズ、シャロ―判事、勲爵士コルビルなどを演じた。
 4人は台本を手にしているものの大半は台本なしで台詞を語っており、特に役柄が一番多かった松本淳は、登場人物の声色の変化と表情の作りが秀逸で楽しませてくれた。
 上演時間は、1時間半。
 観客席でなく舞台上の観劇ということで20名限定の客席であったが、この日の観劇者は10名に満たなかったものの、全員が心満たされたことだと思う。
 感謝!感謝!!


作/W.シェイクスピア『ヘンリー四世』第一部・第二部より、
訳/小田島雄志、構成・演出/遠藤栄蔵
7月10日(金)14時開演、板橋文化会館・小ホール(ステージonシアター)、全席自由席

 

【フォールスタッフ(遠藤栄蔵氏)からの追記】
①私の最後の口上は「王」を「騎士」に変えただけで『終わりよければすべてよし』の幕切れの口上です。
②プロローグの暗転中の「お前は俺のフランス遠征についてきて汗かき病で死ぬことになっているのだ」は第二部のエピローグからのアレンジです。
③エピローグの「足が石のように冷たくなって」は『ヘンリー五世』で語られるフォールスタッフの死のアレンジです。
④なお、ジョンは王ではなく王子です。


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