高木登 観劇日記2020年 トップページへ
 
   映画 『シェイクスピアの庭』                 No. 2020-010
 

 『ヘンリー八世』上演中、グローブ座が焼け落ちる様子を見つめるシェイクスピアの後ろ姿―そして"ALL IS TRUE"(すべて真実)のサブ・タイトルが映し出される。
このタイトルが映画の最後にも映し出されることで、この映画の展開が波紋型をなしていることを感じさせる。
 グローブ座が焼け落ちたのをあとにしてシェイクスピアは馬で一路故郷ストラットフォード・アポン・エイボンへと急ぎ、途中立ち寄った居酒屋の近くの森で一人の少年と出会う。
 少年の問いかけに、シェイクスピアは自分の物語はすべて終わったと答えるが、少年は自分の物語はまだ終わっていないと言って忽然と消える。
 故郷に20年ぶりに戻ったシェイクスピアは家族にとって招かれざる客で、妻のアンから「お客」として一番立派なベッドのある部屋に導かれる。
 シェイクスピアは11歳で亡くなった息子ハムネットの詩の才能を惜しみ、息子のために庭造りを始める。
 長女スザンナと夫ジョン・ホールとの夫婦仲は冷え切っているが、当時の慣習として妻の所有物はすべて夫のものとなることから、ジョンは妻が相続することになるシェイクスピアの遺産を当てにしている。
 次女のジュディスは父の愛がすべて亡くなった双子の弟ハムネットに向けられていたことに嫉妬して、ことごとに父と反目している。
 妻アンのよそよそしい態度に加え、スザンナの姦淫のスキャンダルのうわさ、ジュディスの結婚相手のトム・クワィニーの二重結婚のスキャンダルなど、シェイクスピアの家庭生活は平穏なものでなく、慰めは亡くなった息子ハムネットのための庭造りだけであるが、ある日、アンがその仕事を手伝う。
これまでペン以外のものを握ったことのないシェイクスピアにくらべて妻のほうが手際よく庭造りを進めていき、シェイクスピアは妻にその仕事を任せる。
 その夜、アンははじめて2番目によいベッドのある自分の部屋にシェイクスピアを招き入れる。
シェイクスピアが弁護士をよんで遺書作りをするとき、妻には2番目によいベッドを妻に残すことを指示された弁護士はその内容に疑問符を感じるが、シェイクスピアは妻にはその意味が分かるだろうということをほのめかす。
 引退生活のシェイクスピアの家に、『ソネット集』のモデルと信じられているサウサンプトン伯爵が訪ねてきて、二人の会話の中でソネットの朗読が交わされる。
 ある日シェイクスピアは教会の死亡記録を確認して、疫病で亡くなったとされるハムネット以外に、その年に疫病で亡くなった子供が一人もいないことに疑問を感じ、妻にその疑問をぶつける。
 そのとき一緒にいた次女のジュディスがすべてを告白する。
 父がほめているハムネットの詩はすべて、文字を書けないジュディスが口ずさんだものを、字の練習で弟のハムネットが書き取ったもので、それをハムネットは自分が作った詩として父に見せていたのだった。
ジュディスは弟への嫉妬からすべてを父に告げるといったその夜、ハムネットが池で水死するが、母親が疫病で亡くなったものとして埋葬させたのだった。
 この告白をきっかけにシェイクスピアと家族の和解が進み、字の書けない妻とジュディスが文字を書くことを教わるようになる。
 シェイクスピアがすべての真実を知ったあと、この映画の冒頭に現れた少年(=ハムネット)が再び現れて、僕の物語も終わったと言って消えていく。
それはシェイクスピアの心の底にあったわだかまりが消えた瞬間でもあった。
 シェイクスピアの最後の日が近づいたころ、同じく劇作家で詩人のベン・ジョンソンが訪ねてきて、二人の会話の中で、ジョンソンにも家族があったが今は崩壊しており、二人の同時代人でもあり先輩作家のマーロウやキッド、グリーンなど、みなその末路は哀れであるのに比べシェイクスピアの家庭生活が恵まれていると羨む。
 映画の中で、シェイクスピアの作品の台詞がいくつも織り込まれ、サウサンプトンとの再会でソネットが朗読され、シェイクスピアの作品を読んでいる者にはそれを見出す楽しみが満喫されるだけでなく、シェイクスピアの伝記としてのエピソードを楽しむことができる良質のエンターテインメントである。
 最後に"ALL IS TRUE"というサブ・タイトルが大きく映し出され、このお話は「すべて真実ですよ」と示すという心憎い終わり方であった。
 ケネス・ブラナーが演じるシェイクスピアのメイクがチャンドラーの肖像画を彷彿させ、シェイクスピアそっくりに感じさせたが、声はブラナーそのものであった。
 この映画の見どころは、シェイクスピアの妻アンにジュディ・ディンチ、サウサンプトン泊にイアン・マッケランなど、シェイクスピア劇の贅沢な名優の出演とともに、謎解きのようにしてシェイクスピアにまつわるエピソードの映像化にあるが、なかでも謎とされているシェイクスピアの遺書にある妻に2番目に良いベッドを贈るということの解釈ともいうべき台詞に、ブラナーのシェイクスピアに対する暖かいまなざしを感じた。
その優しさは全編を通しても感じられるもので、見終わった後、心温まる気持ちが残る映画であった。


監督/ケネス・ブラナー、脚本/ベン・エルトン、美術/ジェームズ・メリフィールド
衣装/マイケル・オコナー、音楽/パトリック・ドイル
3月17日(火)、渋谷BUMKAMURA、ル・シネマスコープ、料金:1200円


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