高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
  関東学院大学シェイクスピア英語劇・第68回公演 
        瀬沼達也氏、最後の演出となる 『十二夜』
        No. 2019-054

 関東学院大学で46年間にわたって演出に携わってきた演出主幹の瀬沼達也氏が定年を迎え、今回の公演が最後の演出となり、今回初めての試みとして公演の前に30分間、氏の講演が組み込まれた。
 『十二夜』は関東学院大学公演でこれまで7回上演されてきているが、この講演の中のエピソードの一つとして、氏がこれまでに関東学院大学の卒業生などの結婚式に25回ほど参席された中、この『十二夜』のオリヴィアとマルヴォーリオを演じて結ばれたカップルからこの日の為に氏に贈られた贈物を披露されたが、このことなどは学生たちから慕われてきた氏の温かい一面を示すものであった。
 講演の内容は瀬沼氏のいつもの言葉のジョークの連発を交えてのシェイクスピアへの思い入れと、『十二夜』と『ハムレット』との関係に関しての氏の独特な見解についてであったが、それに関しては今回の演出にその意図が十二分に表現されていたと思う。
 その意味において、今回の公演は演出そのものが一つの見どころであり、特徴でもあった。
 それは3つのキーワード、「シェイクスピア」、「ハムレット」、「フェステ=祝祭(フェスティバル)」によって代言することできる。
 その第一である「シェイクスピア」については、瀬沼達也が自身の公演でも常にその開幕時に演じているシェイクスピアを、この学生たちによる『十二夜』において、学生にシェイクスピアを演じさせることから劇を始めるところに表れている。
 400年の時空を超えてシェイクスピアがこの横浜の県民共済ホールに登場し、新作『十二夜』を学生たちに演じてもらうことを紹介するところからこの舞台が始まるのがそれである。
 このシェイクスピアを演じたヨシカワ・タカヒロ君(4年生)は、船長と神父の役も演じるが、その役がシェイクスピアとの関係において象徴性を含んでいるところにこの演出の意図の一端を感じさせた。
 『ハムレット』との関係については、『十二夜』との制作年に関して学者間でも意見が分かれるどちらが先に書かれたかという問題、「どっちがどっち?」で語られる。
 瀬沼氏の見解ではこの2つの作品は同時進行で書かれたとし、二つの作品の関連性に、『ハムレット』に関しては、シェイクスピアの双子の子どものうちの一人ハムネットの死、『十二夜』との関連性では、ハムネットとジュディスの兄妹という双子とセバスチャンとヴァイオラとの関連性で結び付けて考えている。
 舞台上では、セバスチャンが最初に登場する場面で、何と彼がハムレットの最も有名な台詞'to be, or not to be'から'To die, to sleep'までを語るところから始まり、その中の台詞'to take arms against a sea of troubles'は、セバスチャンが海での遭難をかろうじて脱した姿と重ね合わせることが出来る。
 「祝祭」に関しては、道化フェステで表象化されているが、題名の『十二夜』そのものが「顕現祭=エピファニィ(Epiphany)」というクリスマス最後の日の「お祭り」であり、『ヘンリー四世・第一部』の中にある台詞「お祭りはまれにしかないからこそ楽しい」(第1幕2場164-7行)という言葉で表されているように、フェステの存在もそのようにして瀬沼氏はとらえている。
 フェステは主人オリヴィア姫の許可もなくなぜ長期間留守にしていたのか、その理由を「演出ノート」の中で次の様に説明する。
 <オリヴィア姫の父に仕えていた道化フェステは、仕えていた主人を亡くし、次に仕えた息子、オリヴィア姫の兄も他界してしまったことにより自分の仕事を続けることに悩み、一人旅に出た。喪に服すオリヴィア姫に、最後の道化の仕事をなし遂げることを決心し、彼女が幸せになる日(結婚)までの期限付きで仕える。結婚は、当時「完成」を意味していたからである。>
 この劇の終わりは、オリヴィアとセバスチャンを結び付けた神父が最後まで舞台に残っていて、全員が退場してフェステと二人だけ残り、神父はその衣装を脱ぎさり、シェイクスピアの姿となってフェステに船の舵を手渡す。
こうしてフェステは再び旅に出ることが表象されて舞台は幕を閉じる。
 これらの3つのキーワードを織り込んだ演出は秀逸で、一つの見事な解釈を具現化した点で高く評価することが出来ると思う。
 その一方で、小さなことではあるが決して見逃すことが出来ない演出上の工夫に、喪中にあるオリヴィアが最初は喪服を表象する黒い衣装で登場するが、ヴァイオラが扮するシザーリオに恋してからは、その喪服を脱ぎ捨て明るいブルーの衣装に着替えるところなどはオリヴィアの気持を具体的に表象化した点で、細かい配慮として特筆できる。
 今一つ注目したのは、セバスチャンとオリヴィアの結婚する場面を、ホリゾントに真っ白な十字架を映し出し、結婚の儀式を黙劇として舞台上で具体的に演じさせたことであった。

 ここまで、演出を主体に述べてきたが、学生たちの演技や制作に関して、アンケートに答える形でその感想を述べたい。
(1)発音(声量)に関して
 総論的に言えば、女性陣の発音が聞き取りやすかったのに対し、男性陣は、フェステ役を別にして一部に聞き取りづらいところがあったが、声量についてはいつものように最前列に座っていたので十分に聞き取れるものであった。また、フェステが劇中に歌う歌が非常によかったし、最後に全員で歌うところも心温まるものがあって、感動的で、素晴らしかった。
(2)演技について
 全体的な印象として、出演者が楽しんで演じている雰囲気を感じさせ、共感して楽しむことが出来た。
 歌、演技、台詞ともに楽しませてくれたフェステ役のオオイシ・リョウ君(4年生)、恋の妄想で狂態を演じるマルヴォーリオを演じたオカダ・タケル君(3年生)、ヴァイオラを演じたハヤサカ・アイカさん(2年生)ははじけるような笑顔がチャーミングで観ていてもさわやかであったし、サー・アンドルーを演じたトクエ・カイト君(1年生)やサー・トービーを演じたノムラ・ユウスケ君(2年生)もこの喜劇には欠かせないキャラクターを楽しんで演じているように見えたのが何よりであった。
(3) 音響・効果、照明、衣装、メイクについて
 今回は、出演者と制作スタッフを含めて総勢45名ということであったが、製作スタッフの奮闘・努力があって舞台が成り立っていることを十二分に感じさせるものであった。
メイクで特筆すべき点として、サー・トービーの顔のメイクに注目した。
(4)劇中の字幕については、出演者の生の声を楽しむことにしており、一切見ていないので評価できない。

 最後に、瀬沼達也氏の最後の意欲を込めた演出に答えた学生さんたちの奮闘にエールと感謝を贈りたい。
 感謝!感謝!!
 上演時間は、休憩なしで2時間10分。

 

演出主幹/瀬沼達也
12月7日(土)11時45分―12時15分:瀬沼達也氏の講演、12時30分開演
神奈川県民共済ホール

 

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