高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   演劇集団円公演
       金田明夫のシャイロック 『ヴェニスの商人』 
          No. 2019-045

 この舞台では、開幕と終わりの円環に新鮮さがあった。
開幕では、臙脂色に近い赤い衣装の女性が下手より舞台前方に立って、手にした書類を読んで悲しげな表情をしている姿にスポットライトが当たって、それが消えると舞台中央にはテーブルに座って3人の男たちがカードゲームに興じている場面へと移る。
 その中の一人が突然立ち上がって、下手寄りの舞台前方に進み出て観客席に向かって、「まったく、どうしてこう気が滅入るのか」と語り始める。
 最初の女性の姿は最後を予兆させるものであったが、その予想通りの結末であった。
 指輪騒動も収まって一同退場してしまった後、一人残ったジェシカは、父親のシャイロックの遺産相続が記された書類を見ながら、父を思いやるかのように目を遠くに移す。
 その眼には涙がにじんでいるかのよう。
 と、彼女のはすかいの舞台上手側奥で、跳ね上げ戸が持ち上げられ、大きな十字架を掲げ持った一団に引き連れられたシャイロックが水の入った穴の中に落とされ、その水の中に何度も頭を押し込まれるが、それは彼を暴力的に改宗させる洗礼を表象しているようであった。
 全員が立ち去った後シャイロックは、水に濡れたキッパを頭から外し、それを手に取って見つめる。
 ユダヤ教徒のシンボルであるキッパを彼は手放すであろうか、その疑問を抱かせたまま暗転して舞台は閉じる。
 遺産相続を喜ぶ気持になれないだけでなくロレンゾーとの結婚でキリスト教徒に改宗したはずのジェシカは、父親のキリスト教手改宗を喜んでもいい筈だが、そうではなく父親を思いやる悲しそうな表情が印象的であった。
 これまで自分が観てきた舞台では、最後のシーンではアントーニオが一人残る姿が多く、彼の憂鬱の原因とバサーニオとの関係を考えさせられる演出が多かったように思うが、この演出ではシャイロックとジェシカとの父と娘の関係にスポットが当てられていたのに目新しさを感じた。
 本公演で初演出となる小川浩平をはじめ、この舞台は若手が中心となって企画されたシェイクスピア劇への挑戦で、円としては珍しく安西徹雄訳ではなく松岡和子訳を使用しているのも今回の特徴の一つであった。
 出演は、シャイロックに金田明夫、アントーニオに石田登星、バサーニオに平野潤也、ポーシャに深見由真、グラシアーノに瑞木健太郎、ネリッサに清水透湖、ジェシカに吉田久美、老ゴボーとアラゴン大公に上杉陽一、ランスロット・ゴボーに玉置祐也、ヴェニスの公爵に佐々木睦、ほか、総勢16名。
 上演時間は、途中10分間の休憩をはさんで2時間20分。

 

翻訳/松岡和子、演出/小川浩平、美術/乗峯雅寛
10月5日(土)14時開演、吉祥寺シアター、チケット:(DM割引)4800円、座席:B列13番 

 

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