高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   SAYNK第10回 日英語朗読劇公演 『お気に召すまま』     No. 2019-039
 

 最初に―全体の印象として、さわやかさを感じさせる舞台であった。
 これまでの上演ではすべて予定時間をオーバーして最終場面がいつも押し詰まった感じがしていたのだが、今回は、上演前のリハーサルで予定時間より10分前に終了したということで、予定していなかった3幕1場の場面を急遽挿入して出演者たちをあわてさせたというが、それでも終了予定時間より大幅に短縮されて終わった。
 時間が押し詰まっているのは演じる側にとってもプレッシャーとなっているはずで、その影響が朗読にも感じられ、観る(聴く)側にも何となく押し詰まった感じを与えていたが、それが今回、ゆとりを持って臨んでいたことが、全体の印象にも影響していたのだと感じた。
 SANYK代表の瀬沼達也は、シェイクスピアの台詞をカットすることに抵抗を感じ、出来ることならノーカットで上演したい気持が伝わってくるのだが、限られた時間での上演ではそれもかなわない。
 今回、上演前のレクチャーでも語っていたことだが、どこをカットするかというのは演出者の作品に対する解釈、テーマ設定の点でも非常に大事なポイントであり、そこがまた観る側にとっても関心の的にもなってくる。
 その意味ではSANYKの上演資料の一つである「台詞行数(香盤)表」は参考になる。
 今回、場面としてのカットとして、1幕2場・3場、2幕2場・3場、2幕6場、3幕3場-5場、4幕のすべて、および5幕1場の場面が全面カットされており、演出者がどこを強調しようとしているかが感じられるものであった。つまり、宮廷内より、<森>により強い焦点をあてている。それは演出者が2013年に関東学院大学の英語劇で上演した際の、<森>について特筆した「演出ノート」を再録していることからも伺える。
 今回の出演者は5名であったが、それぞれが個性に応じたキャステイングで、その演技と台詞を十二分に楽しませてくれた。
 日英語朗読劇となっているが、瀬沼達也が目指すところは限りなく立ち稽古に近いものであり、単なる朗読というより演技する朗読、「演読劇」であるが、そのことを十分に味あわせてくれ、いつも実際の舞台を観ている感じで聴かせてもらっている。
 英語劇としての台詞を味わうためにも出演者の台詞に集中するために時々目をつむって聴いているが、演技そのものも楽しんで観させてもらっている。
 個々の感想では、まず、飯田綾乃が担当する音響の効果的な適切さが素晴らしいことと、彼女のナレーションが落ち着いた声で、全体のイメージをふんわりと浮上させて実際の舞台を観ているような感じであったことが特筆される。
 日本語でオリバーと英語でヒロインのロザリンドを演じた佐瀬恵子は、相手の台詞を聞いている段階から演技が集中されていて臨場感がひしと伝わってくる。登場人物の中では最も台詞数の多いロザリンドの英語による台詞も、出演者の中でも最も若いだけに、その若々しい、はつらつさがさわやかであった。
 アダムほか脇役を演じた阪口美由紀は、いつもながらその演技力を楽しませてくれ、ベテラン勢の小嶋しのぶのシーリアの台詞も美しい発声で安心して聴け、オーランドーほかジェイクィーズなど一人何役もこなす瀬沼達也は舞台を楽しんでいることが感じられ、英語の台詞力ではいつも魅了してくれる。
 日本語でタッチストーンを演じ、前公爵などは英語で演じた増留俊樹は、やはり道化役が似合っていて、彼の存在だけで舞台が楽しく感じられるのも彼の人柄からくる人徳であろう。
 出演者全員が一人複数役をこなすが、英語による台詞の役と日本語による台詞の役で人物分けがされているのも役柄の違いをはっきりさせるのに大いに役立っていてよかったと思う。
 また、大円団の場面では一人複数役では他の登場人物の役を、その人物を表象させていた帽子などの小道具を用いてそこにいるように工夫して表現していたのも特徴であった。
 今回は、夏休み最後の日、しかも残暑の厳しいせいか観客数は多くなかったが、出演者のパワーの熱気が伝わってくる素晴らしい舞台であった。

レクチャー講師・演出/瀬沼達也、日本語訳/ちくま文庫版・松岡和子訳
使用テキスト/大修館シェイクスピア双書『お気に召すまま』
共催/シェイクスピアを愛する愉快な仲間の会(SAYNK)・横浜山手読書会
8月31日(土)13時開演、神奈川近代文学館・ホール

(左側から)小嶋しのぶ(シーリア)、阪口美由紀(ハイメン)、増留俊樹(公爵)、
佐瀬恵子(ロザリンド)、右端:瀬沼達也(オーランドー)

(左側から)瀬沼達也(オーランドー)、佐瀬恵子(ロザリンド)、小嶋しのぶ(シーリア)

 

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