高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   『四畳半のマクベス夫人と幽霊ピアニスト』     
    北村青子一人芝居-十文字セツ子オンステージ-   
         No. 2019-013
 

古ぼけたアパートの一角、今は物置にされている4畳半に一人暮らしの十文字セツ子が、隣に建っている社宅用マンションの奥様連中の朗読会を主宰していて、シェイクスピアの『マクベス』の朗読劇をやることになったことから物語は始まる。
開演は音楽(音楽音痴の自分にはそれが何の曲なのか分からないのが残念)のなか、観客席後方から「マクベスに眠りはない」という台詞に続いて、『マクベス』冒頭の魔女の台詞とともに十文字セツ子が、背中にネギと赤いバラがいっぱい詰まったバッグを背負い、手には大きな鳥かごをもって登場する。
セツ子が手にしていた鳥かごは、マンションに住むマクベ夫人の飼っていた鳥が逃げてしまい、空っぽの鳥かごを見ているのは辛いからと言って夫人からセツ子に預けられたものだった。
その鳥かごは稽古中、それを頭にかぶればマクベスを表すことになる役目を持っている。
『マクベス』朗読劇の十文字セツ子の一人稽古を軸に、話は重層的に展開していく。
マクベス夫人がマクベスから来た手紙を読むシーンで、セツ子は間違えて鳥かごに挟んであったマクベ夫人の夫から夫人に宛てた手紙を読んでしまう。
マクベ夫人の夫が係長に昇進したものの辺地の倉庫がその職場で栄転とは言えず、同僚であったバンドーは重役のダンにゴマすりして部長に昇進していてマクベ夫人の悔しさを募らせている。
稽古をしている最中、セツ子はダンを殺してバンドーがその犯人であることに仕立てるマクベ夫人へと憑依する。
四畳半のその部屋には、部屋にふさわしからぬグランドピアノが置かれていて、そこへ影のような人物が現われ、セツ子はそれを幽霊と思い込んで、彼にピアノを弾くことを強いるが、子守歌のような曲にセツ子は夢遊状態となり、鳥かごを頭にかぶってふらふらと部屋から出て行き、部屋に戻って気づいた時には血のりが付いた手袋をはめていて、夢遊状態から目覚めたセツ子は驚愕する。
彼女は子供のころから夢遊病の症状があり、5つ年上の姉も同じ夢遊病者で、煎餅を食べると歩き回ることが防げると姉から教わる。
そこから姉の話となていき、この挿話は武内紀子の『煎餅』と『尾行』から取ったものであることが伺える。
話は次第に飛躍して、部屋にあるグランドピアノの話から、亡くなった大家夫妻の話へと移っていく。
大家の妻が弾けもしないのにピアノを買ったことから、夫妻はピアノを習うようになる。
夫妻は二人でスーパーに買い出しに行くのが日課だが、ある時二人はスーパーではぐれてしまい、それから7年間過ぎ、夫が失踪したまま妻は亡くなる。
セツ子は幽霊のピアニストが大家の夫ではないかと思って呼びかけるが、ピアニストは鳥かごと共に消えていた。
そのとき、玄関で呼び鈴の音が聞こえ、出てみると男が立っていて、回覧板と手紙を手渡す。
回覧板には、壁の塗り替え用のペンキでいたずらした鳥かごをかぶった不審者に注意を促したもので、手袋についていたのは血のりではなく、ペンキであったことが分かり、セツ子はダンを殺したのではなかったとホッとする。
手紙はマクベ夫人からのもので、夫が辺地の勤務地で成功し、新規事業の子会社の社長として抜擢されたためマンションを引越し、小さいながらも庭付きの一戸建てに住めることになったこと、そのため『マクベス』も観劇できなくなって残念であると書かれてあり、鳥かごは処分してくれとあったが、その鳥かごは消えている。
いつの間にか幽霊ピアニストが戻っていてセツ子が問い質すと、セツ子の物置のような部屋にピアノがあることからライブハウスと間違えて入ったと答える。
すべての謎が氷解した後、幽霊ピアニストに扮したスペシャルゲストである新垣隆が、セツ子の要望に応えて一曲演奏して、幕となる。
幽霊ピアニストを演じた新垣がマクベスの台詞を読む場面では、自然体で親しみのある温かみを感じさせてくれる朗読で印象的であった。
十文字セツ子を演じる北村青子の少しコミカル風な魔女の台詞回しや、これまで聴いた北村青子の調子とは少し異なったマクベス夫人の台詞回しを楽しんで聴かせてもらった。
『マクベス』を軸にした重層的な物語の構成も面白く、わくわくしながら楽しんで聴くことができた。
井上ひさしが『天保十二年のシェイクスピア』で書いているように、「シェイクスピアは飯のタネ」であることをつくづく思わせる作品であった。
上演時間は、1時間30分。


構成・演出/東洲斎重吉、上演台本/北村青子(引用テキスト:武内紀子作「煎餅」「尾行」)
3月29日(金)15時開演、南青山・ZIMAGINE、料金:3500円

 

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