高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   Tama + project performance 『ハムレッツ ver. 6.0 』       No. 2019-010
 

今日、東日本大震災から8年、昨年と同じ日時、同じ場所でこの『ハムレッツ』を観る。
『ハムレッツ』を初めて観たのは2015年3月11日で今回は3度目となるが、2015年版では震災の傷跡の生々しさが直接的に表現されていたが、昨年と今年のそれはその直接性が薄れているが、それがかえって象徴的な強さを感じさせる。
昨年と同じように、茅野利安が『ハムレット』をマエセツとしてその概説を語ることから始まるが、昨年は井村昴と一緒に語ったのを、今回は茅野ひとりで語ったのが異なり、先代のハムレット王の亡霊が現われるところを語ったところで丹下一が亡霊として登場してハムレットに語りかけ、そこから舞台が展開していく。
内容と展開は基本的には昨年とほぼ同様で、出演者も丹下一、茅野利安、井村昴の3人は同じだが、オフィーリア役に秋田県出身で声優の橋本樹里に変っている。
『ハムレッツ』と複数形となっているように、ハムレット役を丹下、茅野、井村の3人が複数で演じ、丹下と茅野はコインの裏表のように同じ台詞をお互いが繰り返して演じるが、バケツをかぶった丹下のハムレットの姿は昨年と同じであった。
丹下と茅野のハムレットは「尼寺の場面」といわれる場面に表裏の関係で登場するが、井村昴が演じるハムレットは'To be, or not to be'の台詞や、雀一羽落ちるにも神の摂理があるという台詞など、少し趣が異なる(観劇日記で確認すると、' To be, or not to be'の台詞は、昨年は丹下の台詞として語られていたのも異なる)。
複数のハムレット役では、進化(深化)していく丹下のハムレットと、3人3様のハムレットの台詞回しを味わえる楽しみがある。
丹下はこれまでの上演ではハムレット役のみであったが、今回は墓掘り人の役を茅野と二人のコンビで演じ、この役柄でも同じように入れ替わって同じ場面を演じるが、最後に酒を買いに行かせられる役だけが、同じく茅野にすり替えられるところが笑えるオチとなっている。
この墓掘り人の会話の中で、福島原発の話題が間接的であるがはっきりと話題にされ、「想定内」という言葉が使われるが、この場面は昨年もあった。
ハムレットの衣裳が一様に黒であるなかで、橋本樹里が演じるオフィーリアは純白の衣裳で、そのコントラストが鮮烈であるだけでなく、台詞回しや所作に研ぎ澄まされた刃物のような先鋭さがあり、緊張感で迫ってくる演技で好演。特に、印象に残るのは、彼女がハイヒールの靴をなんども、なんども後ろ向きに投げ捨てる姿や、足にはいて投げ捨てる所作を繰り返す姿は、意味が内容であってないようで、なにか象徴的で、息詰まる思いを感じさせた。
ヒグマ春夫による映像と柴野さつきによる音楽もこの舞台には欠かせない重要な役割を果たしている。
二つ折りの小さなプログラムの中に記されている、「時間」という距離、2011年3月11日から8年=2922日というその「距離」にはっとさせられ、そこに制作者としての丹下一の深い思いを感じさせる。
上演時間はわずか70分であるが、時間とは関係ない濃縮された長い距離を感じさせる舞台であった。

テキスト/江戸馨訳『ハムレット』、
吉田優子歌集『ヨコハマ・横浜』、
斉木耀『1/2 2nd version』他
構成・演出/丹下 一、映像/ヒグマ春夫、音楽/柴野さつき
3月11日(月)15時開演、成城学園前・アトリエ第Q藝術、料金:3000円

 

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