高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   YSG第15回記念公演 『BED≠BED』           No. 2018-033
 

Measure for measure & All's Well that ends well

ベッドトリックが共通項である『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』の2作を15回記念公演として上演すると聞いて、上演の当日までこの2作を合作して1本の作品にするものと思っていた。
が、それは自分の思い込み違いで、それぞれ独立した1本として遠藤玲奈演じるイザベラをヒロインとした『尺』と小嶋しのぶのヘレナをヒロインにした『終わり』の2作が、90分間で休憩なく連続して上演された。
『尺』では公爵役、『終わり』ではバートラムという両方の作品のヒロインの相手役の主人公を演じたのは、演出をする佐藤正弥で、彼はこの劇の説明役をも務めた。
カットなしで上演すれば1作で3時間はかかるところをわずか40分程度で1作上演ということで、両作品ともヒロインを中心としたハイライトの場面にしぼっているが、どちらも準ヒロイン役の登場で変化を持たせて、『尺』では飯田綾乃がマリアナ、『終わり』では前半の『尺』で典獄役を黒子的に演じた杉山由紀がダイアナをそれぞれ演じた。
『尺』では斉藤佳太郎が演じるイザベラの兄クローディオが名前をロミオに変えられており一瞬自分の記憶違いかと思ったが、彼がジュリエットを孕ませた罪で牢獄に送られる時、瀬沼達也演じるジュリエットが'O Romeo, Romeo, wherefore art thou Romeo?'の台詞を残して去って行くことで、『ロミジュリ』のアレンジを仕組んだ遊びの演出だと気づいた。
『尺』では、公爵が求婚と思われる言葉をもってイザベラの手を取る場面があり、それに対するイザベラの反応が見どころの一つでもあるが、遠藤玲奈がそれをうまく演じていたのが印象的であった。
『終わり』はシェイクスピアの原作を読んでも最後がすっきりしない作品の一つであるが、ヘレンの小嶋しのぶとバートラムの佐藤正弥が、そのすっきりしないと処の結びの場面をそのままに演じて終わらせ、原作通りの印象を残してくれた。
演技面では、両方の作品ともヒロインと準ヒロインを際立たせる場面抽出のなっているだけに、4人の女性の演技が見どころであるのは確かだが、『尺』でマリアナを演じた飯田綾乃は『終わり』ではフローレンスの未亡人という真逆の人物をうまく演じ分け、その英語の台詞、発音のうまさとあわせて見ごたえ、聴きごたえがあった。
『尺』で公爵代理のアンジェロを演じ、後半の『終わり』で未亡人の隣人マリアナという女役を演じた森川光はサービス精神旺盛で、劇の気分を大いに盛り上げていた。彼は、3年前の『リア王―グロースター家の事情』ではアシスタントでキャステイングに名前が出ていないながらも、娼婦役の道化で母親指導のもとに化粧をしてチョイ役で出演するほど、もともとサービス精神が旺盛であったが、今回はノリノリで自らも楽しみ、観ている者をも楽しませてくれた。
前半部の『尺』でジュリエットを演じた瀬沼達也は、後半部の『終わり』ではフランス王を演じ、演技が高揚する場面では一瞬台詞を失念しプロンプターが入ったが、彼が病を克服した後の頑張っている姿を知っているだけに、気にもならず、むしろその台詞力、演技力を凄いとさえ思った。
今回は、昨年15名も参加した『間違いの喜劇』からすると半分の人数だったので少し寂しい気がしたが、若手が成長してきているのを感じさせてくれる舞台であった。
一昨年の『ペリクリーズ』でペリクリーズの一人を演じた海老塚裕也(今回は製作統轄)が司会進行役を務めたアフタートークでは、観客の質問や意見が大いに参考になった。


演出/佐藤正弥、製作統轄/海老塚祐也
6月17日(日)13時開演、岩崎ミュージアム・山手ゲーテ座

 

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