「独自の歴史的解釈と美学」をもって劇団主催者中川朝子が主役を演じる
シェイクスピア劇関連であれば有名無名を問わず可能な限り観ることにしているが、これまでまったく知らなかった劇団の公演でたまに予想外に面白く、素晴らしい演出や演技に出会うことがあるが、チラシで偶然見かけたこの"芸術集団れんこんきすた"公演の『リチャード三世』もその中の一つに加えることができる。
「芸術集団」という大上段に振りかざした後に「れんこんきすた」という奇妙な名前の劇団名にまず驚かされた。
まったく知らなかった劇団であるが、公演回数が今回で28回となっているのでそれなりに続いている劇団だと思って、普通はめったに観劇前に確認しないのだがネットで劇団について調べて見ると、劇団結成は2001年5月となっており、今年で17目年を迎え結構持続している劇団だが、構成員は主宰の中川朝子と劇団座付きの脚本家の奥村千里の2名だけで、シェイクスピア劇は2015年4月に公演した『リチャード三世』のみで、今回の再演を含めて2度しかない。今回の『リチャード三世』は再演ということになるが、前回とは脚本を新たにしているということで全く同じものの再演ではないようである。
前回のチラシの文句に「偉大なる古典への挑戦と独自の歴史的解釈と美学をもって描く」とあったが、今回観た限りではその看板に偽りなしで、これまで観てきたどの『リチャード三世』とも異なった演出で非常に面白いと思った。
舞台は、歴史を振り返る所から始められる。
舞台中央に黒いフードをかぶって全身も黒い衣装の人物がうつ伏せで倒れているところに、その他の出演者が全員その周囲に集まり、その死骸が2012年に発見されたリチャード三世の遺骸であることを語っており、その周囲の者たちはリチャードに殺された者たちで、彼らがそのいきさつを甦らすことで劇が始められていく。
要所々々はシェイクスピアの台詞と構成であるが、シェイクスピアにはないそこに至った経緯の話を取り入れ、新しい解釈を膨らませながら展開させていくという新しく斬新な趣向が面白い。
たとえば、シェイクスピアではヘイスティングズ卿はロンドン塔から釈放された後の登場であるが、この劇では彼が投獄されるに至った経緯が劇化され、エドワード王の妃エリザベスを元の身分の名であるグレイ夫人としか呼ばず敬意を払わないことから王の怒りを被って投獄されるといういきさつを場面化している。
リチャードがアンに求婚する経緯についても、リチャードは兄エドワード王の許可を求めており、その理由として次兄のクラレンスがアンの姉イザベルと結婚したのは彼女の父ウォリック伯の広大な領地と膨大な財産が目的で王位を狙ってのものであり、自分が幼なじみでもあるアンと結婚することでその財産が半減されることを説明し王から承諾を得、それだけでなくクラレンスの野望と反意を吹き込むという筋書きを加えている。
シェイクスピアの原作に添いながらも原作にはない史実としての背景を取り入れながら巧みに展開させていくところにわくわくする期待感を持って観たが、それとともに「偉大なる古典への挑戦と独自の歴史的解釈と美学をもって描く」ことを読み取ることが出来た。
リチャード三世の史実的な裏話は、トマス・モアのリチャード三世に関する著書に記されることになるイーリー司教が記した話として展開される。
リチャードの最後は、リチャードに殺された者や恨みを持つ者たち一人一人から剣で刺されるが、最後のとどめを全員で刺そうとすると、リチャードの刺し傷は11カ所であると言ってエリザベス王妃の娘である王女エリザベスがそれを遮ると、その最期の一刺しは誰だということになる。それは、その場にはいないリッチモンドということになり、彼の妻となるエリザベスが最後のとどめを刺すことになる。
そこへ、常にリチャードの影のようにして黒ずくめでフードをかぶった人物が再び現れ、エリザベスはその人物こそリチャードその人であることを暴き、その事を暴かれた人物はエリザベスの剣に自ら投げ出し、命果てる。
王女エリザベスはこの場で「時の娘」として呼ばれることにより、マントの男は「リカーディアン」が提唱する別の顔のリチャードを表象するとも解釈できる。
こうして舞台は最初の場面に戻り、リチャードの暴虐を描くのに別の方法がもっとあると言ってめいめい声高にリチャードを罵りながら次なる「リチャード劇」を求め、舞台は暗転する。
影なるリチャードの存在がミステリアスな感じを誘い、始めから終わりまで刺激的な演出で次なる展開が楽しみな舞台で、興味深く、面白く観ることが出来た。
出演は、リチャードに粗野な風貌で熱演する濱野和貴、影なる人物マントの男をクールに演じる劇団主宰者の中川朝子、好色なエドワード四世を邑上笙太朗、お人好しなクラレンス公を西藤東生、豊満な乳房を強調して演じる王妃エリザベスを小松崎めぐみ、老獪で策謀家のバッキンガム公を笠倉祥文、王妃エリザベスに露骨に敵意を示すヘイスティングズ卿を陸奥鶴太、マーガレットを高橋仙恵がニヒルに激しく演じ、史実を語るイーリー司教に高森勇介、熊坂理恵子が気品あるヨーク公夫人を、アンに木村美佐、王子エドワードの中村ナツ子は適役、王女エリザベスに関東学院大学で英語シェイクスピア劇を演じ、卒業後も果敢にシェイクスピア劇に挑む佐瀬恵子が演じ、総勢13名であった。
上演時間は、休憩なしの2時間30分。
脚本・演出/奥村千里
4月20日(金)14時開演、高円寺アトリエファンファーレ
料金:2800円(れんこんきすた初見割)、全席自由
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