ブッダの灌仏会(誕生祝)である4月8日は荒井良雄先生の命日で、記念すべきこの日、名曲喫茶「ヴィオロン」の店主である寺本建治氏の全面的な協力のもとに、「荒井良雄先生を偲ぶ会」が開催された。
第一部は、恩師である荒井先生から依田里花に託された本邦初訳・初演の米国の劇作家ロバート・E・シャーウッド作の『アクロポリス』の朗読劇で、第二部では佐藤莫河の解説で、「第1回ヴィオロン文芸朗読会」で朗読された荒井先生のライブの音声やNHKラジオで放送された「シェイクスピアの台詞」や「映画のセリフ」をCDで聴かせた。
第一部 朗読劇 『アクロポリス』
荒井先生が入手されていたロバート・E・シャーウッドのタイプ印刷の草稿を依田里花が翻訳し、全部を上演すると3時間を超えるというこの作品を、この日の朗読劇の為に3分の1以下に切り詰めての上演で、この日の上演にこぎつけるまでに当初出演予定の俳優が降板したりするという紆余曲折や、作品自体の難易性で実現も危ぶまれたようであるが、出演者の一致協力もあり、感動的で、見事な朗読劇を堪能させてもらった。
最初に翻訳者の依田里花から作品の背景について解説があったが、それによるとこの作品はタイプ印刷の草稿に記載されているように、当初1932年に書かれ、その後1933年、1937年と書き足されていき、その上に手書きで加筆もされている。作品自体は上演されておらず、本邦初演のみならず、世界初の上演ということである。
作品のテーマは一口で言えば「平和と戦争」で、背景となっているのはアテネのアクロポリスに、石工のソクラテスや彫刻家のフェイディアスらによるパルテノン建設と女神像の制作と、平和に倦んだ青年アルキビアデスが戦争での活躍を夢見るが、スパルタとの戦争の発端となる出来事と、その後のソクラテスとフェイディアスの裁判でその真相と実態を知ることになり自分の未熟さに気づき、有罪となったフェイディアスを逃亡させようとするが、彼はそれを拒んで死刑を選び、最後は毒杯を飲んで死ぬ。
高級娼婦アスパシアの助言を取り入れ、アテネに平和な民主国家(都市国家)を築いたペリクレスに対して煽動政治家のクレオンが、戦争で一儲けしようとする悪徳商人ハイパーバラスがもたらしたデルフォイの神託を利用して政権転覆を計る。
高級娼婦は、今の感覚とは異なり、知性と教養に富み、アスパシアは実在の人物でソクラテスなどの知識人や芸術家たちが厚い信頼を寄せる存在で、ペリクレスも彼女を後に妻とする。
原作は3時間を超す分量ということで、かなり入り組んだ内容だと思われるが、当初予定の俳優の降板で急遽出演となった円道一弥が台本を次々にカットしてコンパクトに仕上げ、内容的には重層的であるにもかかわらず非常に分かりやすく、凝縮された濃密な朗読劇に仕上がっていた。
なによりも素晴らしかったのは、出演者の台詞力であった。
この朗読劇のまとめ役を務めた女鹿伸樹がソクラテスを表情豊かな台詞で演じ、正反対ともいえる人物の二役を演じた円道一弥と菊地真之は、演じる両人物の台詞の使い分けは見事としか言いようがなく、円道一弥は悪徳商人のハイパーボラスと彫刻家のフェイディアスを演じ、菊地真之は煽動政治家のクレオンと喜劇作家のアリストファネスを演じて、それぞれの台詞力で魅了した。
なかでも、菊地がクレオンを演じる時の発声は他の出演者も気圧される迫力で、観客の我々も圧倒されてしまって思わずひるんでしまう程であった。
翻訳者の依田はアルキビアデス、高級娼婦のアスパシアは北川洋子が演じたが、プロの俳優とまじってそれに劣らぬ台詞力で、朗読劇とは言いながらも演技力も発揮していて素晴らしいものであった。
そして「ヴィオロン文芸朗読会」の生みの親ともいうべき佐藤莫河が、職人と役人の役で特別出演。
上演時間は1時間20分程度であったと思うが、時間を感じさせない緊迫した感動の朗読劇であった。
第二部 「ヴィオロン朗読会」誕生と荒井先生―音声でたどるあの頃
最初に、「ヴィオロン朗読会」誕生に当たっての佐藤莫河の荒井先生へのラブレターを、新地球座代表の倉橋秀美が朗読することから第二部は始まった。
途中、荒井先生が生前好んで聴かれたクライスラーの「愛の悲しみ」と、最後に「愛の喜び」をSPレコードで鑑賞し、先生を偲んだ。
28年前に始まった「ヴィオロン朗読会」誕生(1990年2月創始)のいきさつの解説と、第1回目の朗読会で荒井先生が会場の名前「ヴィオロン」にちなんで上田敏訳でヴェルレーヌの「落葉」を朗読した音声を聴かせ、その後もエピソードをまじえながら、先生がシェイクスピア全作品の朗読をしたいきさつを語る NHKでラジオ放送された収録版のCDをはじめ、『マクベス』の冒頭の魔女の台詞を木下順二訳で朗読した音声や、『ロミオとジュリエット』のプロローグとエピローグの英語朗読、そして「映画の台詞」では『エデンの東』の紹介などの音声を聴かせてもらった。
何より驚いたのは、30年近く前の先生の声のすがすがしいまでの若々しさと、インタビューに答える自然体の声であった。
第一部と二部を通して2時間半ほどであったが、貴重で素晴らしい、至福の時を過ごすことが出来た。
終演後、喫茶ヴィオロンの2階のタイ料理専門の「ピッキーノ」で「荒井先生を偲んで」二次会が催され、こちらの方も出席者が多数であった。
4月8日(土)18時開演、阿佐ヶ谷・喫茶ヴィオロンにて
主催/発起人一同、音楽選曲・演奏/寺本建治
参加費:1000円(コーヒー付き)
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