高木登 観劇日記2018年 トップページへ
 
   Tama+project performance vol. 21 『ハムレッツ』      No. 2018-011
 

今日、3月11日は東日本大震災から7年目を迎える。
二つ折りの小さなプログラムによると、このシリーズは2015年2月の"version 0"から始めて今回が6本目になるという。
前回このTama + project の『ハムレッツ』を観たのは昨年の事とばかり思っていたのだが、記録をめくってみると3年前の2015年3月11日のことだった。それだけ記憶が身近に鮮明に残っている証拠でもあるだろう。
人の記憶というのは風化していくものだが、自分の記憶が3年も縮んで忘れていたことには多少のショックを覚えたが、震災についての記憶も当事者以外からはこのように急速に薄れ、忘れ去られてしまうのだろう。
国や東電による賠償や復興援助の期限が切れていけば一層その風化は避けられないだけに、震災をテーマに挟んだこの活動は貴重なものだと思う。
この日、震災の起こった14時46分に観客を含めて全員1分間の黙祷を捧げ、開演時間になると茅根利安がまず最初に登場してマエセツを始め、途中から井村昴が加わって二人でコント風にマエセツを進めていく。
その中で『ハムレッツ』のタイトルについての説明―ハムレットが複数形になっていることからも分かるように複数のハムレットが登場することと、その内容について最初はわざと間違えて『ロミオとジュリエット』や『リア王』の内容を井村が得意顔で話すが、茅根がそれを正して本来の『ハムレット』の内容を初めから説明していき、核心部のところになって、丹下一が頭にバケツをかぶっておもむろに登場してきて本編の始まりとなる。
場面は通常「尼寺の場面」といわれる箇所で、丹下はしばらくの間はバケツをかぶったままの姿で、舞台中央部で椅子に座って台詞を語る。バケツをかぶったハムレットは、一見甲冑の兜をかぶった姿にも見えるが、佯狂としてのハムレットを表象した姿ともいえる。
下手の壁際は切りかかれて奈落になっていて、そこから原内真理が演じるオフィーリアが登場する。
彼女の台詞は、表情を抑えた能面のような台詞であるが、太く心の髄まで響いてくる強さがあった。
前回観た時と同じく、丹下だけがハムレット役のみ演じ、茅根と井村はハムレットも一部演じるが、茅根はレアティーズや墓掘り人、井村はクローディアス(懺悔の独白)や墓掘り人をも演じる。
主な場面としては「尼寺の場面」と「墓掘りの場面」で、この二つの場は映画のフィルムをフィードバックするかのように二度繰り返されて演じられる。
「墓掘りの場面」では茅根と井村はアドリブで尻取り歌をし、二度とも茅根が負けて酒を買いに行くことになって引っ込むが、二人のオフィーリアの水死と埋葬の会話の中で何度か「想定内」という言葉が繰り返されるが、それが何を指しているかは言葉にはしないのだが、観客としては東電の原子力発電の事故の事だとすぐに直結して聞こえる類のもので、「想定外」をもじった台詞で、前回にもあった台詞である。
内容と構成から見る限り、前回自分が観た時のものと比較して、劇そのものでは震災に関する直接的なものはなく、「震災の時自分は何をしていたか」というアンケートを劇中で茅根が読み上げ、読んでいる間、映像で震災の被害の様子が映し出されることで震災と結び付けられていた。
『ハムレット』の台詞に交えて、今回、吉田優子の歌集『ヨコハマ・横浜』からいくつかの歌が取り入れられ、台詞の中に挿入されて語られていたのが印象的であった。
ハムレットの最も有名な独白'To be, or not to be'はこの劇の結末部で、丹下一のハムレットの口から語られた。
上演時間は、マエセツを含めて約90分(本編は1時間)。

テキスト:W. シェイクスピア 『ハムレット』(訳/江戸 馨)、
吉田優子歌集『ヨコハマ・横浜』ほか
構成・演出/丹下 一、映像/ヒグマ春夫、3月11日(日)15時開演
成城学園・アトリエ第Q藝術、チケット:3000円


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