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  加藤健一事務所公演 Vol.101 『ドレッサー』          No. 2018-009

 これまでにも平幹二朗や橋爪功などの名優が演じてきて以前から観たいと思っていてやっと観ることができ、念願が叶った。
 シェイクスピアの『リア王』のバックステージものだということは知っていても内容までは知らなかったこともあり、自分の想像の中では劇団の座長が出演できなくなってドレッサー(付き人)が代わって演じるという思い込みがあったので、ストーリーの展開にもワクワクドキドキした気持で観ることが出来た。
 30年前の1988年、ドレッサーのノーマンを演じた加藤健一が今回は座長を演じ、ノーマン役には花組芝居の座長である加納幸和が演じた。
 見始めの感じと観終わった後の感想としては、最初は座長役の加藤健一の個性が強烈なため座長が主役という感じを持ったが、最後の場面を見るとタイトルロールのノーマンが主役だと思える印象を残した。
 この二人の掛け合いの演技がこの劇の見どころでもあった。
 戦争で若手の俳優はすべて戦場に駆り出され、残っているのは年老いた俳優と身体の不自由な俳優、それに新人しかいないシェイクスピア専門の劇団が連日の空襲警報や爆撃の中で公演を続けている設定で、出し物はレパートリー方式で、日替わりで演目が代わる。
 前日は『オセロー』の公演で、今日は『リア王』という日、座長が心身虚脱で失踪し病院に収容されたところから始まる。
 主役のいない舞台の幕を開けるわけにはいかないと舞台監督のマッジ(一柳みる)は公演中止を主張するがノーマンは何とか舞台を開けようと説得しているところに病院を脱走してきた座長が現れるが、座長は台詞を思い出せなくなり幕が開く直前まで幾度か逃げ出そうとするが、ノーマンが台詞を口伝いに教え、何とか舞台に送り出すことに成功する。
 ノーマンは座長がこれまで演じてきた全ての役の台詞が頭に入っており、それを見ていると、座長が舞台に上がれなくなったら彼が代役できるのではないかと思わせる。
 しかし、それが無理な事は彼が口上役で観客の前でしゃべることになった時に分かる。
 人前では上がってしまって十分にしゃべれなくなり、とちってしまったのである。
 舞台は、無事、嵐の場面も切り抜けて、次の出番まで時間がある座長が小休止で仮眠を取っているところに、コーディリア役を務める座長夫人(西山水木)が今日の公演を最後に座長に引退を勧めるが、彼はそれを受け入れない。
 座長夫人が去った後、座長は舞台監督のマッジを呼んで20年来の彼女の協力を感謝し、彼女が彼のことを思っていたことを知っていたと話し、エドマンド・キーンが嵌めていたという指輪を渡すが、マッジは一旦受け取りながらも、結局受け取らず座長の手に返す。
 ノーマンにも、自分がいなくなった後の身の振り方を心配するが、ノーマンにはそんな事は考えられないこととして受け入れようとしない。
 座長の本音は、一つには自分より劣っていると思っている俳優がサーの称号を得て貴族の仲間入りをしたことへの嫉妬心と、自分が忘れられてしまうことへの恐怖心があり、ノーマンに対して自分の事を忘れないでいて欲しいと懇願するところに表れている。
 いろんな事が起りながらも舞台は無事終了し、カーテンコールで明日は『リチャード三世』、明後日は『ヴェニスの商人』、最終日は再び『リア王』を上演した後地方公演に出ることを座長の挨拶として締め括る。
 『リア王』の舞台は透明のカーテンの向こう側のバックステージでその様子が垣間見られ、バックステージの舞台場面が表舞台で演じられるという趣向となっているのも面白い。
 舞台監督のマッジへの思いやりの言葉も、ノーマンの行く末の心配も心からのものではなく、結局は自分をよく見せたいエゴでしかない。
 それは彼が書き残した半生の記に図らずも現れ、それを読んだ後、ノーマンの気持の変化がこの『ドレッサー』という劇の本髄を表している。
 ノーマンはいつもポケットにブランデーの小瓶を忍ばせており、何かといえばそれを口に含み、アル中であることを思わせ、エゴイスティックな座長に長い期間仕えてきた彼に相当なストレスがあったことを想像させる。
 半生の記の周囲への感謝の辞に、彼の妻や周辺の人物、大道具、小道具の担当者の名前はあるが、長年彼の身辺に仕えてきたノーマンの名前がない事に大ショックを受け、19年間の間に一度も食事を誘われたことも、酒を勧められたこともなく、一度もねぎらいの言葉もなかったという怒りが爆発し、放心状態から狂乱状態にまで陥るが、それに対して、同じように名前のなかったマッジの受け取りがクールであったのが対称的であった。
 座長が亡くなった後のドレッサーは実体のなくなった影でしかなく、「リアの影法師」としての存在でしかなかったように思われ、加納幸和の演技にそれを感じさせるものがあった。
 これまで演じられた平幹や橋爪功の舞台を観ていないことが悔やまれたものの、加藤健一公演の『ドレッサー』を観ることができ、いつものように心豊かに満足な気分で劇場を後にすることが出来た。
 出演はほかに、座員として老いぼれ俳優のジェフリー(劇中劇『リア王』では道化を演じる)を金子之男、足の悪い若い俳優オクセンビーを文学座の石橋徹郎、新人のアイリーンに岡崎加奈。
 上演時間は、途中休憩15分間を挟んで2時間40分。

 

作/ロナルド・ハーウッド、訳/松岡和子、演出/鵜山 仁、美術/石井強司
2月26日(月)14時開演、下北沢・本多劇場、チケット:5400円、座席:B列12番

 

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