― プロスペローが見た夢物語 ―
大失態!
開演時間を2時だと思い違いして開演に遅れ、開幕30分後から観劇、場面はファーディナンドがミランダと初めて出会うところであった。
開幕の最初の場面を見ないということは劇の半分を観ていないのと同じだが、しかしながら、最後の場面を見てこの演出の見どころを見ることが出来たことでその不満の半分を取り返した気分になれた。
登場人物の特徴としては、難破したナポリの貴族たちの登場は、ナポリ王アロンゾ―とその弟セバスティアン、それにプロスペローからミラノ公爵の地位を奪った弟のアントーニオの3人だけで、老顧問官のゴンザーローの登場はなく、ナポリ王は年老いた女王の設定となっていて、荒川ヒロ子が演じていた。
妖精のエアリエルについては劇の途中から見たので3人が演じているように見えたが、エアリエルと虹の妖精アイリスと、空の妖精ジュノーを一組とした演出で、それを演じていたのは石川久美子、後藤まゆ、戸塚有紀の若い女優たちだった。
台詞を聴いている限りでは台詞劇としての不満があるものであったが、この劇のハイライトでもいうべき場面は、プロスペローの命令で妖精たちに余興を演じさせる場面で、それはまさに'It's a show time'であった。
最初に、3人の妖精たちによるキャンディーズの「もうすぐ春ですねぇ」を全曲フルに歌った後、Mekのジャズソング(と思う、なにせ歌に関しては全くダメ)、続いてTOKYO炙GORILLA(だと思う)による楽器演奏。
これで終わりかと思ったら、さらに劇中劇として妖精たちによる『ロミオとジュリエット』をフランコ・ゼフィレッリ監督映画のニーノ・ロータ音楽にのせてバルコニーシーンとダンス。
プロスペローは途中で呆れて退席してしまうが、最後には見物のミランダを引き込んで、妖精たち、Mekによるダンスのパーフォーマンスでやっと終了。
ギャグ的な遊びの台詞としては、ナポリ王が眠ってしまったところで、アントーニオがセバスティアンに王を殺してナポリ王になることを唆す場面で、セバスティアンがその誘いに乗るのをためらって、「このままでいいのか、いけないのか」、'To be, or not to be. That is the question'の台詞を吐くと、アントーニオから「それはハムレットのセリフだ」とツッコミが入るが、「一度言ってみたかったんだ」とセバスティアン。
音楽では、チャイコフスキーの交響曲4番の荘重なクラシック音楽が演奏されるかと思えば、酒飲みの賄い方ステファノ―は「ひょっこりひょうたん島」の歌を口ずさみながら登場してくる。
が、何と言っても衝撃的だったのは、最後(ではないが最後の場面)、プロスペローがナポリ王以下、アントーニオ、セバスティアンを銃で射殺し、妖精たちも、ミランダの婚約者ファーディナンドまでも撃ち殺す。
するとミランダが、「人間て何て美しいんでしょう」と言ってプロスペローの胸に飛び込み、隠し持っていたナイフで彼を刺す。深手を負いながらもプロスペローはミランダを撃って、その場にいた全員が死んでしまう。
ベルイマン演出の『ハムレット』の最後の場面を思い起こさせる衝撃的なものであった。
舞台はそこで暗転するのでそれで終わりかと一瞬思うが、しばらくしてプロスペローが眠りから目を覚まし、アントーニオがプロスペローに発砲し、プロスペローが撃ち返すところまでは同じ場面が繰り返され、そこから先はプロスペローがアントーニオを含めすべての者を許す和解の場となる。
ファーディナンドはそこでゴンザーローの台詞、「もしもこの島の王となれば、万事世のなかと逆にしたい」と言うと、それをミランダが受けて二人でゴンザーローのユートピア国家の夢を語り始める。
最後は、プロスペローの台詞、「もう余興は終わった。いま演じた役者たちは、さきほども言ったように、みんな妖精であって、大気のなかに、淡い大気のなかに、溶けていった。・・・われわれ人間は、夢と同じもので織りなされている。はかない一生の仕上げをするのは眠りなのだ」で結ばれる。
遅刻して前半を観られなかったが、終わりよければすべてよし、であった。
出演は、プロスペローに堀越健次、セバスティアンに杉山正弘、アントーニオに高橋哲彦、ミランダに泉見優羽、ファーディナンドに手塚優、キャリバンにガンダーラ藤村、トリンキュローにイシハラタツノリ、ステファノ―に中井浩之など。
上演時間は、1時間50分。
遅刻したため座席は最後列となって、前列の人の頭で舞台前方足元での演技が見えなかったのが残念だった。
翻訳/小田島雄志、潤色・演出/仲条 裕
2月17日(土)13時開演、シアター風姿花伝、チケット:3500円、全席自由
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