阿部一徳のオセロー X 美加理のデズデモーナ
2004年、東京国立博物館日本庭園の一角の仮設舞台で上演されて以来、13年ぶりの再演。
漆黒の黒い床に据えられた能舞台を模した舞台全体が、まるで水の上に浮かんだ舞台のように見え、ホリゾントには、吊るし雛を想起させる吊るしが高い天井から吊るされ、彼岸と此岸の境の結界を表象する。
この吊るしについては、アフタートークで質問者に答える中で、彼岸と此岸の結界を示すには紗幕という方法もあるが吊るしにした理由について、静岡では吊るし雛の風習があり、それは死んだ子の供養と生きている子供達の祝福が込められていることなど、舞台空間についての解説が参考になった。
橋掛かりから最初に登場してくる地謡の役者装束は、烏帽子をつけた中世の衣装で、その登場の時からこの舞台を予兆するかのような雰囲気に、ぞくぞくする期待感が沸き上がって来た。
ヴェネチアから来た巡礼のワキが登場、そしてサイプラスに取り残されたヴェネチアの女たちが3人、頭に甕をのせて登場してくる。
巡礼の問いに自分たちが取り残された運命の次第を語る3人の女たちに、先にその舞台に現れていたシテのデズデモーナが紛れ、我が運命を物語り気に女たちが立ち去った後もそこに一人残って、巡礼の問いに答えるようにして自分の運命を物語る。
3人の女たちとデズデモーナの舞うような仕草の時、『マクベス』の3人の魔女とヘカティを連想した。
この前場の最後に、デズデモーナが赤い色をした縮緬のハンカチを落とし、後ろ髪を引かれるようにして橋掛かりを後ろ歩きに去って行く姿は、緊張感を感じさせる緊迫があった。
このハンカチについては、前回の公演では黒いハンカチであったことを覚えていた観客がいて、アフタートークで今回との違いについて質問していたが、実に細かい事まで記憶している人がいる者だと感心した。
その質問に関連した演出者の宮城聰の答えによると、前回の舞台では日本庭園の仮設舞台と徳川家の墓所寛永寺の霊域ということを考慮したこと、そのバランスから衣装を焼け焦げたドレスにしたため再使用が不可になったことや、今回の衣装を考案するに当たって浮き彫りの文字を入れ込んだことなどについても説明された上で、ハンカチが縮緬の絞り染めであることが説明された。
宮城聰の演出では独特の台詞回しもそのおおきな特徴の一つであるが、これもアフタートークで観客の質問から初めて得た知識だが、今回の公演に当たってはタペスリー・サッポー(?)なる手法が取られたということで、それに関しての質問から、その詳しいいきさつを知ることが出来た。
その説明によると、当初は『イナバとナホバの白兎』や『アンティゴネ』などで取られた「対位法」(counterpoint)を試みたがまったく合わないということで、タペスリーを織るように、多声を経糸にして、一声ごとに異なる音域の横糸を通すという様式を編み出したということであった。
間狂言では、13年前の上演では仮面を用いていたことを観劇日記に記録しているが、今回はヴェネチアの貴族諸卿が「い、ろ、は」文字の一文字を付けた紗の仮面を付けている以外全員素顔で登場するが、その中で今回印象に残ったのはブラバンショーを演じた吉植荘一郎の狂言回し的な演技であった。
印象の比較の意味では、前回はロダリーゴの演技に次郎冠者的な面白さを感じたと記録している。
デズデモーナの美加理の動きに比して、阿部一徳のオセローの動きは静的でほとんど動くことがなかったのも印象的であった。
仕掛けを感じたのは、イアゴーがオセローにデズデモーナの不貞を告げ嫉妬をあおる場面で、オセローの右手に籠手を取り付ける場面があり、その場では特に必要もない所作であるが、後場でこの仕掛けが意味をなしてくる。
後場で、デズデモーナがオセローに絞殺される場面を一人演技で行うが、その際に彼女は自分が用意した甕に手を差し入れ、その手をゆっくり甕から引き抜くと、オセローの籠手が付けられているのだった。
籠手はオセローを表象し、デズデモーナはその籠手の付いた右手でオセローに絞殺されるのを自ら演じるが、その後彼女はその籠手の付いた右手を愛おし気になでる仕草をする。
オセローの腕を抱きしめることで成仏するかのように見えるが、デズデモーナはその後、独楽のようにぐるぐると同心円状で廻り続け、最後、橋掛かりを一旦はゆるやかに退場し、その後すぐに引き返し、今度は激しく退って行く。そのデズデモーナの姿を追いかけるように、巡礼の「三界に安無く、今なお火宅の如し」という声が追いかけるのが強く印象的であった。
出演は、デズデモーナの美加理やオセローの阿部一徳のほか、巡礼に本多麻紀、イアゴーに大道無門優也、キャシオに大内米治など。3人のサイプラスのイタリア女たちは、地謡や囃子方にもまわり、ロダリーゴ役の加藤幸夫も囃子方を務めての活躍。デズデモーナのスピーカー役は鈴木陽代。
今回の公演は、1月のニューヨーク公演後の凱旋公演で、この日が初日であった。
東京から劇場までの往復バスのサービスのある日でもあって、ク・ナウカ時代からの観客もかなり多く、アフタートークの質問が非常に参考になっただけでなく、勉強にもなった。
謡曲台本/平川祐弘、間狂言/小田島雄志訳による、演出/宮城 聰
2月11日(日)14時開演、静岡芸術劇場
チケット:(ゆうゆう割引)3400円、座席:1階L列10番
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