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2018年の「シェイクスピア劇回顧」と「私が選んだベスト5」

●2018年のシェイクスピア劇回顧

 一般大劇場でのシェイクスピア劇としては、新国立劇場・中劇場での『ヘンリー五世』(鵜山仁演出)や、新橋演舞場公演、中村芝翫主演の『オセロー』(井上尊晶演出)など注目すべきものがあったが、その観劇の数は多くはなかった。
 しかしながら、この数年朗読劇を含め小グループの活動まで取り上げているので、観劇日記の数も60件を超えるようになっただけでなく、小さなグループや小劇場での公演に興味や高評価を感じることが多くなっており、大学の公演の質やレベルも高く、むしろ一般の商業演劇などより面白さを感じることが多かった。
 小劇場での公演にはユニークな発想や演出も多く、2018年に出会った新たな劇団としては、古典劇を70分に集約し<同時進響劇>を標榜する「劇団現代古典主義」に興味を感じた。
 朗読劇では、10年間でシェイクスピア劇全作品上演を目指す日英語朗読劇の「シェイクスピアを愛する愉快な仲間たちの会」(SAYNK)が2年目に入り、1回の公演ごとにメンバーを公募する方式となって本年は3作上演し、累計で7作まで進んだ。
 新地球座主催による坪内逍遥訳での荒井良雄娑翁劇場も、荒井先生が亡くなられて4年目となるが、順調に隔月開催されている。
 MSPインディーズ・シェイクスピアキャラバンが、シェイクスピア関連の周辺作品の朗読上演を続けているのも特筆すべき活動の一つで、本年は『唐十郎Xシェイクスピアーシェイクスピア幻想PartⅡ』、『シェイクスピアReMix』(『銀河鉄道の十二夜』&『熱○殺人事件、みたいなヴェニスの商人』)、『何櫻彼櫻銭世中』(このリーディング公演は台風と重なって残念ながら観劇を断念した)など、ユニークな公演で楽しませてくれた。
 大学の公演では、明治大学シェイクスピアプロジェクト(MSP)と関東学院大学シェイクスピア英語劇を毎年継続して観劇しているが、2018年は新たに、上智大学のSophia Shakespeare Company(SSC)、麗澤大学、それにシューレ大学演劇プロジェクトの公演を観劇する機会を得た。しかしながら、本年70周年記念第67回公演として初めて『マクベス』を取り上げた関東学院大学の公演は、自身の入院のため観劇できなかったのが残念であった。


●私が選んだ2018年のベスト5 (上演順、寸評は観劇日記から再録)
1. SPAC公演、宮城聰演出、ミヤギ能『オセロー~夢幻の愛~』(2月)
 2004年に東京国立博物館日本庭園の一角の仮設舞台で上演されて以来、13年ぶりの再演。
2. シェイクスピア・カンパニー公演、下館和巳・渡邊欣嗣演出、『アイヌ旺征露』(6月)
 台詞は東北弁とアイヌの言葉で語られるが、言葉の理解に障壁を感ずることなく、かえってその言葉の温もりが感じられる舞台で、言葉の響きを楽しんで聴くことができた。
3. シェイクスピア・シアター公演、出口典雄演出、『ヘンリー四世』二部作・一挙上演(6月)
 最近のシェイクスピア・シアター公演の中では最高に面白い、活気のある舞台であった。特に第二部がよかった。第一部の王宮や貴族たちの台詞回しはモノトーンで暗く沈んだ調子で、その場面はつい眠くなってしまったが、清水圭吾が演じるフォルスタッフ登場の場面が活気にあふれ、舞台を大いに盛り上がらせていた。
4. 明治大学シェイクスピアプロジェクト(MSP)公演、『ヴェニスの商人』(11月)
 開演直後の冒頭場面で出演者全員が仮面をかぶって登場する舞踏会のダンスは、総勢29名という利点を生かした華々しさで、冒頭から惹きつけるという効果だけでなく、全員が退場した後、アントーニオの憂鬱に対して対照的な雰囲気を表していて効果的であった。
5. 麗澤大学公演、ガyヴィン・バントック脚色、マーウイン・トリキアン演出、『リア王』(11月)
 90分というコンパクトに圧縮された上演時間で、一部オリジナルとは異なる展開があり、非常に興味深色と演出の舞台であった。十字形が組み込まれたひし形の枠の中に4つのピットとしての空洞がある舞台装置は、当日渡されたプログラムにはその十字形を「混沌のシンボル」と記していた。
   
●特別賞(シェイクスピア関連劇)
1. 加藤健一事務所公演、ロナルド・ハーウッド作、鵜山仁演出、『ドレッサー』(2月)
 これまでにも平幹二朗や橋爪功などの名優が演じてきて以前から観たいと思っていてやっと観ることができ、念願が叶った。シェイクスピアの『リア王』のバックステージものだということは知っていても内容までは知らなかったこともあり、自分の想像の中では劇団の座長が出演できなくなってドレッサー(付き人)が代わって演じるという思い込みがあったので、ストーリーの展開にもワクワクドキドキした気持で観ることが出来た。
2. 河合祥一郎作・演出、『ウィルを待ちながら』(7月)
 タイトルからたぶん誰もが想像するのはベケットの『ゴドーを待ちながら』で、自分もそうであったが、この劇を観終わって感じた印象は、シェイクスピア劇俳優としての田代隆秀へのオマージュであった。
3. MSPインディーズ・シェイクスピアキャラバン公演、横内健介作、新井ひかる演出、『フォーティンブラス』(8月)
 昨年8月に上演した太宰治作『新ハムレット』に続いて、劇団扉座の横内謙介が1990年に上演した『フォーティンブラス』を、MSPインディーズが並行世界(よこみち)ハムレットシリーズの第二弾として上演。
4. 劇団現代古典主義公演、夏目桐利脚色・演出、「アントーニオとシャイロック」(9月)
 聞き慣れない「同時進響劇」とは、チラシの説明文によると「舞台上を複数場面に分割し、同時間枠で別地点の物語を同時に進行する新演劇。台詞が、舞台上のさまざまな場所から次々に、また、同時に発せられる。まるでオーケトスラのような演劇」ということで、「オーケストラ劇」とも称している」、と書かれている。
5. 劇団俳優座LABO公演、デヴィッド・ウィリアムソン作、森一演出、『女と男とシェイクスピア』(12月)
 原題は、'Dead White Males'で、オーストラリアの劇作家David Williamson (1942-)の1995年作。劇のタイトルの『女と男とシェイクスピア』は、通常であれば「男と女」の順序であると思うが、この邦訳のタイトルが「女と男」の順となっているところに、この劇の核心があるように思えた。
   
●番外編特別賞―板橋演劇センター公演、遠藤栄蔵のシェイクスピアのソネット朗読(7月)
 『恋の骨折り損』公演の番外編としてシェイクスピアのソネットのリーディングがあり、第1楽章「結婚のすすめ」、第2楽章「旅路にて」、第3章「ダークレディ」、そしてエピローグとして「愛の温泉」と題してソネット154篇の中から32篇を選び出して、遠藤栄蔵が40分近くかけてひとりで朗読。『恋の骨折り損』にはいくつものソネットが出て来ることもあっての試みであったが、小田島訳にこだわり、こよなく愛している気持が伝わって来る温かみを感じる朗読であった。エピローグを含めての4部構成でそれぞれの楽章で選ばれたソネットは、各篇切れ目なく連続的に朗読され、ひとつの物語を構成しているようで楽章のタイトルにふさわしい内容であった。


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