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  彩の国シェイクスピア・シリーズ第33弾
           吉田鋼太郎演出・主演 『アテネのタイモン』   
No. 2017-064

 開幕は、タイモンの邸での宴会の場での華やかな舞踏会で始まる。
 今回は吉田鋼太郎の演出ということもあって彼が主宰する劇団AUNのメンバーが殆ど出演しており、女優陣も9人出演しており、この舞踏会の場面でタイモン役の鋼太郎のパートナーを務めたのは、AUNのメンバーの一人、林佳世子で、『タイモン』ではヒロインと呼ばれる役がないだけでなく女性の出る場面がほとんどないだけに、この舞踏会の場面は唯一女性たちが華やかに輝く場面で、オープニングの最初の3分が勝負という蜷川幸雄の演出を彷彿させる、注目を引く場面でもあった。
 前半部(第1幕)、後半部(第2幕)ともに、吉田鋼太郎のタイモンと藤原竜也が演じるつむじ曲がりの哲学者アぺマンタスとの激しい言葉のバトルが見もの(聴きもの)で、後半部の二人が罵りあう場面では、繰り返し相手の顔に唾をかけ合い、大いに笑いを誘う場面もあった。
 AUNのメンバーの台詞力、演技力は期待しただけのものがあり、貴族と元老院議員を演じた星和利をはじめ、借金を頼むタイモンからの使いの召使いとの対応場面では、ルーカラス演じる谷田歩はベッドに身を横たえたままでふてぶてしく応対し、センプローニアス演じる杉本政志にいたっては、バスタブで身体と髪を洗いながらの応対で、興奮すると全裸の姿でバスタブから立ち上がり、召使いがとっさにそばにある花輪を手に取って、前隠しにしてあてる所作を繰り返す。
 これら一連の借金工面の場での遊び心の演技などが、ストーリーとしては余り面白くないこの作品の面白さを盛り上げるのに一役買っていた。
 この作品は、一口で言えばタイモンという人間不信、人間嫌いになった男の物語で、前半部は彼の豪勢で派手な生きざま、人を喜ばせるのが趣味のような男が、物を惜しみなく与えることが友情であるという錯覚が見事に裏切られ、それがために人間不信となり、人間嫌いとなるという自らの不徳が招いた不幸な物語、悲劇である。
 この一人の人間の変化と喜怒哀楽の落差を、吉田鋼太郎が激演するところが見ものでもある。
 タイモンに忠実に仕える執事フレヴィアスには、このシリーズではおなじみの横田栄司が好演し、同じくこのシリーズではおなじみで、ひょうきんな味わいのある大石継太は詩人役、アテネを追放される武将アアルシバイアディーズには、このシリーズ初出演の柿澤勇人が力強い台詞で演じ、タイモンの召使いルシリアスには河内大和、元老院議員に間宮啓行というベテランのシェイクスピア俳優が演じた。
 蜷川幸雄亡き後、跡を継いだ吉田鋼太郎に残された作品は、次回の『ヘンリー五世』ほか、シェイクスピアの作品の中でも上演回数が少ない、あるいはほとんど上演されることがない作品ばかりで、『ヘンリー八世』、『ジョン王』、『終わりよければすべてよし』である。
 人気がない、知名度がない作品だけに、芸術監督・演出の吉田鋼太郎の力量一つにかかっている。
 今回の『タイモン』も最も人気のない作品の一つであるが、演出によっては非常に面白くなるのも事実である。
 一番印象に残っているのは、2012年、ロンドンのナショナルシアター・オリヴィエシアターで上演されたニコラス・ハイトナーが演出したのもので、時代を現代に移して、アテネの経済破綻と国家の危機とリーマンショックによる金融危機を複合化した舞台で、この舞台を観て初めてこの作品を面白いと思ったのを覚えている。
 遠くさかのぼれば、1996年1月、シェイクスピア・シアター公演で吉田鋼太郎が主演したパナソニック・グローブ座(当時)での公演がある。この時の感想として、吉田鋼太郎と他の出演者の台詞力・演技力との落差で、鋼太郎に対してネガティヴな評価をしたが、それでも彼の演技力に強い印象を感じたポジティヴな評価で結んでいる。
 近くは、今年4月、シェイクスピア・プレイハウス公演があり、一人芝居の『タイモン』をホースボーン・由美が演出し、篁朋生(演出者の役者としての芸名)が主演したのもユニークな舞台で興味深いものであった。
 人気がない、上演がほとんどない作品でも、このように演出次第で随分面白くもなるだけに、逆に今後が楽しみでもある。
 上演時間は、休憩20分を挟んで2時間45分。

 

訳/松岡和子、演出/吉田鋼太郎、美術/秋山光洋、衣装/小峰リリー
12月19日(火)13:30開演、彩の国さいたま芸術劇場・大ホール
チケット:(S席)9500円、座席:1F、F列24番

 

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