高木登 観劇日記2017年 トップページへ
 
   TSC公演 『鏡の向こうのヘンリー八世』         No. 2017-059
 

これまでの「鏡の向こうのシェイクスピア」シリーズでは、オリジナル作品の登場人物の「その後」の物語であったが、今回はそれとは一味異なり、オリジナルの内容と同時並行的な内容構成であったのが想定外であった。
その意味では、原作の裏解釈的なストーリー展開の面白さを楽しませてくれた。
特に最後の、キャサリン妃とウルジー枢機卿がチェスをしながら会話を交わす場面は、話の内容が観客に判断を委ねるようなサスペンス的な終わり方をし、観劇後の推理の楽しみを残す構成となっていたのが印象深い。
いきなり終わりの場面から振り返ったが、開幕はキャサリン妃とヘンリー八世の二人がチェスの勝負を楽しんでいるところから始まるが、この始まりと終わりが同じ構成となっている円環的構造から、チェスがこの劇の重要なキーポイントとなっていることが知れる。
このチェスの勝負を通して、ヘンリー八世が、亡くなった兄アーサーと常に自らを比較して兄に負けまいとする気持を吐露し、キャサリンに対する愛情も、気持の上ではすでに失せているにもかかわらず、兄に対する競争意識から、愛していると言い続けているに過ぎないことがキャサリンの口を通して分かる。
ここで再び最後の場面、一度は死罪を免れたウルジー枢機卿が再び大逆罪でロンドンに呼び戻される途中、キャサリンを訪れて二人が交わす会話に戻ってみる。
互いに敵対し合った間であるが、王妃の座を失った身と枢機卿の地位を失った身の二人は、互いに許し合い、ウルジーはキャサリンとのチェスの勝負を望む。
キャサリンは、チェスの勝負の最中に自分が抱えていた気持をウルジーに告白し、キャサリンの最初の夫であるアーサー王子が「嵐」そのものの気性で、そのため彼の死を願う祈りまでしていて、その夫が亡くなるとこれで祖国スペインに戻れると思っていた喜びも束の間、莫大な持参金も同時に失うことを恐れたヘンリー七世によって弟のヘンリーと結婚させられることになった時、絶望の淵に立ったことをウルジーに告解する。
アーサー王子と勝負していたチェスの駒は、キャサリンが結婚の時持参してきたもので、それはバスクの職人に作らせた特別のものであったという。
ウルジーは世間話的に、バスク地方での魔女狩りでそのチェスの駒職人も対象となったことを、自分が取り寄せた資料で知ったことを話すが、一方、キャサリンはバスクの作るチェスの黒駒には、駒を扱う指先から毒が沁み込み、次第に死に追いやるという特別の仕掛けがしてあるのだと語る。
ウルジーは、キャサリンがチェスをする時には必ず手袋をしていたことを何気なく話したうえで、「今は手袋をしていませんね」とそれとなく尋ねると、キャサリンは「もう必要ないのです」と答える。
ウルジーがアーサー王子とした時の駒はどうされたのですかと尋ねると、キャサリンは、王子の死とともに一緒に埋葬したのだと答える。
ウルジーは、ヘンリー王には必ず「白」の駒を持たせていたけれど、アーサー王子にも同じようにしていたのですか、と尋ねるとキャサリンは「そうだったと思います」と曖昧な返事を返す。
サスペンスというのはこの台詞にあって、アーサー王子の死を願っていたキャサリンは、王子が死ぬようにと黒駒を持たせていたのではないかという疑念を抱かせる。
「鏡の向こう」の側面を出しているのは、この劇に悪魔のペアが登場していることで、この悪魔役は宮廷での廷臣や侍女役を勤めながら、登場人物が地獄に落ちるよう、その一挙一動に関心を払っている。
キャサリン以外の人物は地獄に落ちるにふさわしい何かしらの悪事を働き、悪意を抱いているのだが、キャサリンだけはその片鱗も見えない。
そこで悪魔二人は、キャサリンに人を恨むような呪いの言葉を吐かせようと必死になるが、あれほど敵対していたウルジーに対しても今では善意に解釈していて取り入る隙も無く、その努力は徒労に帰す。
しかし、悪魔の努力とは関係ないところで、キャサリンの思わぬ側面をサスペンス的に吐露するのが、このウルジーとの最後の会話の場面である。
ウルジーはキャサリンの告解を聴いただけで、あとは二人の静かな沈黙で舞台はゆっくりと溶暗していき、終幕となる。この場面では、前半部の二人の関係とは対照的に異なり、かなやたけゆきとつかさまりの二人の演技は、ことさら自己主張するところがなく、それが却って印象を深くし、好演の場面であった。
悪魔を演じた川久保州子と大久保洋太郎の二人は、台詞の面白さだけでなく、二人のキャラそのものが面白く楽しめたが、川久保演じる悪魔が「イギリスの食事がまずい」という台詞は、キャサリンのスペインに戻りたいという気持の代弁にも通じていた。
その他の出演は、主演のヘンリー八世にはTSC参加二度目という宇佐美雅司、トマス・クロムウェルに鳥海順也、アン・ブーリンに森由果、そして侍女・嘆願者の役を江戸馨。
シェイクスピアの作品の中でも最もなじみが薄い作品の一つであるためか、また平日のマチネというせいもあってか、空席が目立ったのが残念で惜しい気がした。もったいない!!

作/奥泉 光、演出/江戸 馨、作曲・演奏/佐藤圭一
11月24日(金)14時開演、下北沢・小劇場楽園、チケット:(3800円)、全席自由席


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