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  第14回明治大学シェイクスピアプロジェクト(MSP)公演
             『トロイア戦争―トロイアスとクレシダ』    
No. 2017-055

 この作品の上演を決めたコーディネーターである井上優文学部准教授のプログラムの言葉に、
<「『トロイラスとクレシダ』が、シェイクスピア最大の問題作であることは、多くの人が認めてくれている事実です。とにかく人気がない。日本での上演記録も数えるほどしかない。理由はたくさんあります。そもそも主人公たちに共感できない劇です。いや、主人公だけじゃなく、どの人物もあんまり共感を呼ぶようになっていません。・・・なら、なんでそんな劇を上演するのか。答えは簡単・・・つまらない劇かというとそうではない、いや、むしろ面白い。>
とあるが、この劇をかつて原文で読んだとき途中で投げ出してしまったほど面白くなくてついていけなかったことや、日本での上演回数が数えるほどしかないということで、MSP(明治大学シェイクスピアプロジェクト)のチャレンジに二重の期待があった。
 数少ない上演の中で、自分が観てきたこの作品の感想を振り返ってみると、その都度なにがしかの発見があったが、今回の上演でもその発見があった。
 序詞役はクレシダの叔父パンダロスが務めることで(これ自体は珍しい事ではない)、彼の最後のエピローグ的台詞と対になるように演出されていた。
 パンダロスの最後の台詞の間、アキレスに倒されたヘクトルの亡骸が赤くスポットライトで照らし出され、ヘクトルをこの劇の終演まで壇上に残すことで、彼の死がトロイの崩壊を予兆させ、カサンドラの「ヘクトルが死に、トロイが滅びる」という予言を思い起こさせる。
 『トロイラスとクレシダ』というタイトルからすれば、この二人が劇の主人公ということになるが、この上演ではそのタイトルの前に「トロイア戦争」と付け加えられており、そのことで、もう一つの主人公がトロイア戦争そのものであることを示し、ヘクトルがその戦争の主人公であるということを際立たせた演出に新鮮さを感じた。
 ヘクトルをこの劇のヒーローとしている証拠を新たに感じさせたのは、終演のカーテンコールで彼が中心となっていたことからも伺うことが出来る。
 『トロイラスとクレシダ』で、井上准教授がいうところの共感できない最大の部分は、クレシダの不実であろう。
 スパルタ王メネラオスから略奪されたヘレネは、夫の事も忘れ、今ではトロイでパリスと愛を交わし合っている。
 ヘレネとは状況は異なるが、父親の願いからとはいえ、クレシダは商品のように人質交換の道具としてギリシア軍に引き渡され、彼女の面倒を見るディオメデスに自ら求めるようにして身を任せるようになる。
 クレシダのこの不実さが共感できないところであるが、今回この劇を観て改めて考え直したことは、クレシダの不実というよりも彼女たちの置かれた状況がそうさせているというか、それが彼女たちの生き残る唯一の知恵でもあったのではないかという思いであった。
 見ている限り、ヘレネもクレシダも二人とも、コケトリーで、不実な、娼婦的な印象しかないのであるが、一歩引いて考えてみる時、今回そのように感じさせるものがあった。
 出演者については、戦闘場面などあるにもかかわらず、男性よりも女性の方が多く、男性11名に対し、女性17名で、ギリシア側の武将などでは、オデュッセウス、メネラオス、ネストル、それに道化のテルシテスなどは女性が演じていた。
 演技面では、ヘクトルを演じた西山斗真君の殺陣の演技で、槍を揮うところなどに魅了された。
 座席が最前列ということもあって、トロイラスとオデュッセウスが、舞台下のちょうど自分の真ん前でクレシダの様子を窺い、臨場感を満喫させてもらった。
 例年のことながら、前年にも出演していた学生さんたちを見ると、それだけでも懐かしく楽しい気分にさせてくれたが、今回はいつもとは少し異なり、これまでのような密度の高い熱気に欠けていたような気がし、前半部ではダレを感じた。
 主な出演者としては、トロイラスに小林駿、クレシダに小川結子、アガメムノンに安井秀人、オデュッセウスに峰村美穂、アキレウスに栁沼拓也、メネラオスに石渡小菜美、ネストルに加藤彩、テルシテスに小坂優など。

 

監修/青井 豪、プロデューサー/川島梨奈、演出/新井遥奈、翻訳/コラプターズ
11月11日(土)12時開演、明治大学駿河台キャンパス、アカデミーコモン・3Fアカデミーホール
座席:Bブロック(上手側のブロック)、最前列の中央寄り(24番)

 

【『トロイラスとクレシダ』観劇記録】
1995年1月、パナソニック・グローブ座(当時)で、タラ・アーツ(英国)来日公演、ジャティンダー・ヴァーマー演出
2005年11月、テアトル・ド・シーニュー/日欧舞台芸術交流による上演(俳優座劇場)
2012年8月、彩の国さいたま芸樹劇場の蜷川幸雄演出
2012年10月、劇団山の手事情社公演(東京芸術劇場・シアターウエスト
2015年7月、世田谷パブリックシアターでの鵜山仁演出

 

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