高木登 観劇日記2017年 トップページへ
 
   トネ-ルグループ・アムステルダム公演 『オセロー』             No. 2017-054
 

無料のプログラムの最小限度必要な情報がありがたい。
それによると、イヴォ・ヴァン・ホーヴェは『オセロー』演出に当たって、オランダ語の新訳に1970年生まれのモロッコ系オランダ人、ハフィッド・ブアッザを起用し、上演台本にはアラブの詩を一篇加えたという。
オセローのルーツはアラブ系であることが原作には何度も示唆されており、アラブの文化との関係についても触れ、オセローが語る月については、アラブでは美しい女性の象徴でデズデモーナを指し、オセローが彼女に贈るハンカチもアラブ文化では名誉を象徴し、妻がそれを失くした時にオセローが怒るのも当然のこととして説明がつくという風に記されている。
シェイクスピア劇は内容も台詞も大体分かっているので、音声を楽しむ為にも、普段は英語上演に限らず字幕をあまり集中して見ることがないのだが、今回は上演がオランダ語というだけでなく、上演に当たってアラブの詩を加えているという情報などから、いつもと異なり、かなり字幕を集中して見た。
開幕は衝撃的な音とともに始まり、舞台には上手にボクシングで使うサンドバッグが高い天井から吊り下げられており、横長に広い舞台では、両サイドに分かれて、オセローとイアゴーが安楽椅子に寝そべるようにして座っている。
キャシオが大公からの呼び出しを告げに来るが、イアゴーとロドヴィーコがブラバンショーの邸の前に行って騒ぎ立てる原作の設定とは異なり、ブラバンショー本人が直接その場に登場し、娘のデズデモーナが誘惑されたとオセローに怒鳴り込んでくるが、大公の前での御前会議の場は省略される。
続くキプロス島の場面は、ホリゾントのブルーの布が、特大の送風機にあおられて落ちていく様で嵐を表象する。
そして舞台中央部に全面ガラス張りの部屋が出現し、この部屋の内と外で舞台が進行されていく。
字幕を集中して追っていくせいか、激しい所作もあるのだが、内容とは関係なく舞台が淡々と進行していくように感じられた。
それは舞台の大きさに対して登場人物が少ないことから、たとえばキャシオがイアゴーの策略で飲み過ぎて騒ぐ場面なども、二人だけしかいないことでその騒動の雰囲気がひんやりとしか感じられなかったことなどにも表れていた。
また、舞台の構造から二つの動きを同時に見せる場面が幾度かあり、デズデモーナとエミリアが舞台の前面で語っている時、ガラス張りの部屋のさらに後方の奥の舞台をオセローとイアゴーが何やら話し込みながら行き来するのも一つの例で、そのように同時進行で二つの展開を示す場面が何度か見られた。
デズデモーナの「柳の唄」は、唄としてではなく一片の詩を語るかのようにわずか数行発せられただけであったのは少し物足りない感じがした。
ベッドでオセローを待つデズデモーナは身に付けているものを全部脱ぎ、全裸の姿となる(肌の色と同系色のパンティを身に付けていたようであるが、遠くからだとほとんど見分けがつかない)。
オセローがデズデモーナを殺す場面では、普通だとこの場面では胸が切なくなるほどだが、全裸の彼女を抱き上げてベッドに叩きつける仕草がまるでマネキン人形を振り回しているように見え、見ている者の哀切感さえ忘れさせ、そういう哀惜の念というものをむしろ否定、もしくは拒否しているようでさえあった。
キャシオがロドヴィーコとイアゴーに襲われる場面は、デズデモーナが眠るガラス張りの部屋の後方で、慌ただしく走るまわる光景として表出されるだけである。
一方、オセローも腰の周りのもの以外には全裸となってデズデモーナの前に現れるが、ガラス張りの部屋の中での台詞は水槽の中で発する声のようで、拡声器を通したような声で語られる。
オセローの最後を見届けるのはキャシオのみで、彼はオセローが自害する場面では敬礼の所作で見送り、場面はそこで静かにフェードアウトしていき、終幕となる。
衣装面では、現代的軍服姿の男性陣に対し、女性陣は、デズデモーナが背中の部分がくり抜かれた白のノースリーブと真っ白のパンツ姿、エミリアは反対に濃紺もしくは肩紐のある黒いワンピース姿、娼婦のビアンカは尻が見えるくらい短いスカートの黒い衣装で、全体的に簡素な衣装であった。
これまで観て来たどんな『オセロー』の上演とも趣が大きく異なり、激しさの中に淡々としたものがあり、静かにでははあるが、深く印象が残る上演であった。
出演は、オセローにハンス・ケスティング、デズデモーナにヘレーヌ・デヴォス、イアゴーにルーラント・フェルンハウツ、他、総勢で8名。
なお、プルグラムによると、トネールグループ・アムステルダムは1987年にアムステルダムを拠点として設立されたオランダで最も大きな劇団ということで、イヴォ・ヴァン・ホーヴェは2001年からそこで芸術監督を務め、本作は2003年にアムステルダムで初演され、その後世界各地で上演され、今回初めての日本での上演という。
上演時間、途中20分間の休憩を挟んで2時間40分。

演出/イヴォ・ヴァン・ホーヴェ、オランダ語訳/ハフィッド・ブアッザ、
美術・照明デザイン/ヤン・ヴァースウェイヴェルド、衣装/アン・デゥハウス
11月5日(日)14時開演、東京芸術劇場プレイハウス、
チケット:(S席)5000円(シルバー)、座席:1階L列22番


【追 記】
この演出の核心ともなるべき非常に重要なコンセプトを書き忘れていた。
それは、オセローを演じる俳優が黒人ではなく、演じる俳優の素面、すなわち白人としてそのまま登場させていたことである。
オセローを外国人として扱いながら、外面的には全く変わらない人物として登場させることで、プログラムの言葉にある「実際の社会では人間が他者と調和することは、ほぼ不可能といえます。それは黒人やホモセクシャルだけでなく、同じ人種の隣人でさえも難しいのです」という言葉に表象されるように、この演出では肌の異なる人種を超えたものとして描かれていることを物語っているかのようである。


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