高木登 観劇日記2017年 トップページへ
 
   鮭スペアレ本公演 『ハムレット』                 No. 2017-053
 

一風変わった劇団名は、SHAKESPEAREの'H'を旗揚げ二人の名前(中込遊里、東海林有布)のイニシャルの'Y'に変えて、SYAKE(シャケ=鮭)とし、SPEAREをローマ字読みして「スペアレ」としたとある。
シェイクスピアに由来する名前だが、シェイクスピア劇公演は、2005年旗揚げして以来、2014年から15年にかけて公演された幽玄音楽劇と銘打った『ロミオとヂュリエット』(坪内逍遥訳)まではなく、今回が2度目のシェイクスピア劇上演となる。
2010年から「演劇は墓参り」という理念を掲げ、日本語を発語することから発想する生演奏の音楽劇を上演し、「ウタイ」と名付けた台詞回しと「コンテンポラリー能」と言われる所作を加えての独特な演技を特徴としている。
以上は、ブログやチラシから得た情報である。
今回観劇したのは公開ゲネプロで、主宰者で主演の中込遊里の挨拶の口上によると、この公開ゲネプロが初めての通し稽古で、本公演は変わる可能性があることを示唆された。
ということで、全体的な出来の評価は割り引いて考える必要があるが、興味、関心の的は、カットなしで上演すれば4時間以上かかる内容をわずか1時間程度の上演に凝縮した大胆な構成に向けられた。
尼寺の場面はなく、オフィリアの狂気の場面でオフィリア自身が「尼寺に行け」の台詞を語り、有名な台詞の'To be, or not to be'、「世に在る、世に在らぬ、それが疑問ぢゃ」は墓掘りの場面で語られる。
そのハムレットは、旅役者の黒装束を別にして他の全員が白の衣装であるのに対し、上から黒い衣装を羽織っており、それは、演出者の中込の言葉を借りれば、黒色は喪服を表象するとともに、黒子として劇中ではそこに存在しない人物を表象するということになる。
そのことを象徴するかのように、ハムレットの台詞量は長い『ハムレット』の中でも突出して多く、全体の3分の1以上を占めるにもかかわらず、中込遊里が演じるハムレットは全体的に寡黙な印象であった。
ストーリーの展開としてはカットの部分が多いだけに、『ハムレット』の内容を知っている者にとっては逆にその欠けた部分を想像し、自分の頭の中でつないでいく楽しみがあった。
旅役者による劇中劇の場面は、黒子姿の二人の役者が登場し、一人は豚の頭をかぶり、もう一人が劇中劇の王と妃を演じるが、王はライオンのような顔形をした人形で表わし、王が殺された後、妃の姿も豚に変容するという趣向を凝らしている。
ハムレットの最後の言葉はなく、ホレーショーの言葉もなく、無言のままであるが、そこで終わらずに、その場の全員が、この舞台を象徴して何度か使われるネズミをかたどった何体もの人形をつないだ紐を手にして、「ウタイ」の台詞と所作があって、再び死せるハムレットを舞台中央にし、沈黙、暗転で終幕となる。
ネズミや豚による表象や、ガーツルーズが頭からかぶっているショールの先端には長太い巨乳が二つぶら下げられており、それを時にエロティックな所作でガートルードが振り回すなど、遊びの場面も結構ある。
それら全体的な構成の面白さはあったものの、肝心の「ウタイ」と称する台詞回しも「コンテンポラリー能」という所作も自分には満足できるものではなかったが、この劇団が10年以上続いているといことはそれなりに固定ファンがいることと思われ、その事自体は評価できるのではないかと思う。
旅役者一人を除き全員が女性で、ホレーショーに清水いつ鹿、オフィリアに宮川麻子理子、クローディヤスに水上亜弓、ガーツルードに上埜すみれ、ポローニヤスとレアチーズを鈴木陽代、そして旅役者に林周一と塚田次美。
上演時間は、1時間10分。ゲネプロの当日の夜から本公演で、全部で11月5日までの10ステージ上演。

訳/坪内逍遥、構成・演出/中込遊里、10月31日(火)15時開演、ザムザ阿佐ヶ谷にて
料金:(公開ゲネプロ)500円、全席自由席で最前列中央部にて観劇


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