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  名取事務所公演 『奈落のシャイロック』             No. 2017-051

 まったく予想外の展開の舞台であった。
 と言っても、最初からどんな劇なのか予想がつかなかったのが正直な話である。
 しかし、舞台を観終わって納得のタイトルであった。
 舞台は、二代目市川左団次と万朝報の新聞記者松居松葉が8カ月の洋行から横浜港に戻って来た船上で、ヨーロッパ各地の演劇を観て新しい演劇を始める抱負を語り合っている場面から始まる。
 新しい演劇のスタイルには、容れ物の在り様から変える必要があると、江戸時代から続いてきた芝居茶屋制度を廃し、桟敷席も椅子席に変え、芝居の割札(切符)も観客に直接販売することにし、帰朝公演としてシェイクスピアの『ヴェニスの商人』上演を計画する。
 当然のことながら、これまで権益に預かっていた茶屋からの反発があり、公演初日に茶屋から雇われた暴漢たちの妨害で上演は途中で中止となり、出演者の役者達は舞台から逃げ去り、シャイロック役の左団次はステージマネージャーの松井松葉とともに奈落へと逃げのび、舞台の様子はすべてこの奈落の場面で展開される。
観客席では一般客は逃げ去り、暴漢たちが左団次に「出て来い」と騒ぎ立てている。
 一観客として来ていた女役者の市川久女八がその暴漢たちを取り鎮めようと努めた後、奈落に降りてくる。
久女八は女であるがゆえに師匠の九代目市川團十郎との共演も許されず、屈折した気持を抱いていながら、左団次への説得や、ポーシャを演じる九代目の娘である市川旭梅に対し意見する。
 その時に見せる久女八を演じる新井純のシャイロックやポーシャの台詞回しが聴きどころであった。
 久女八の言葉に触発されて、左団次も旭梅も、自分のシャイロック、自分のポーシャを演じようとする決意で、この舞台は幕を下ろすのだが、結局、この新しい試みは失敗し、この芝居の後日談としては、左団次はやがて小山内薫とともに「自由劇場」を起こしてその活躍の場を移していって成功するが、旭梅はポーシャを演じた記録もほとんどないまま、その後は女優としての活躍もなく終わっている。
 『仮名手本ハムレット』に続き、シェイクスピア劇の黎明期を舞台にした作品として興味深い舞台で、その面白さを十二分に堪能させてもらった。
 出演は、市川左団次に千賀功嗣、松井松葉に𠮷野悠我、市川久女八に新井純、市川旭梅に森尾舞、三味線弾きの杵屋友三郎に本田次布、芝居茶の主、橋本山左衛門に志村智雄。
 上演時間は、休憩なしで1時間40分。

 

作/堤春恵、演出/小笠原響、美術/石井みつる、10月19日(木)14時開演
下北沢・小劇場B1、チケット:3000円(シニア)、座席:A列4番

 

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